2012年6月アーカイブ

サーバリックスの犠牲者

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日本ではサーバリックスが、ガーダシルに先行して子宮頚がん(予防)ワクチンとして認可され、沢山の自治体で接種が推進されました。2011年7月、14歳の中学生がワクチンの接種3日めに死亡しております。サーバリックの方がガーダシルに比べ副反応が少ない印象ですが、販売本数の違いと思います。SaneVaxのVictimsの記事を読んで、やはり、と思った事例を翻訳し紹介いたします。

20111215

ブリアナさんの母、ローラさんによる談話

サーバリックス接種後症候群

ブリアナはたった13歳でした。学校ではトップの部類で、運動では学校の代表となり、2歳から続けているダンスではロンドンの有名なサドラーズウェルズ劇場やロイヤル・アルバート・ホールで公演しました。最近では演劇が大好きになり、大きくなったら女優になりたいと言っていました。彼女はみんなから好かれ、とてもしっかりしており、楽しいことが好きで、親切だと評されていました。

でもそれは20111019日水曜日までの彼女の人生でした。928日に第一回のサーバリックスの接種を学校で受けてから、きっかり三週間後のことです。その日、彼女は学校から帰るとひどく気分が悪いと言い、主な症状は吐き気でした。翌日は学校を休ませましたが、金曜は学期の最後の日だったのでまた学校に行かせました。その日のうちに、マトロン(学校付きの看護婦)から、彼女が熱があって気分が悪いので迎えに来れないかと言う電話がありました。

同じ日に彼女は生理になっていたので、最初私はもしかしたら関係があるのではないかと思いました。しかし、次の月曜まで彼女はまだ同じような感じで、吐き気があり、暑がったり寒がったりし、またとてもふらふらしました。私はかかりつけの一般医に電話して話をし、やはり生理と関係しているのだろうと言うことで痛みと吐き気に効く錠剤を処方してもらいました(彼女には痛みはなかったのですが)。

その頃には学校は学期の中間休みになっていました(訳注:イギリスでは学期の中間に1週間の休みがある)。毎日私はブリアナとその弟と一緒に外出しようと試みましたが、いつも出かけるとすぐに、彼女は気分がひどく悪くなり、お願いだから帰ろうと言うのでした。錠剤は何の効き目もありませんでした。家に帰ると、彼女はソファに横になり、ただ眠るのでした。

20111031日月曜日、私はまたかかりつけの医師に電話しました。今度は医師は来院するように言いました。医師は尿検査をしたいと言い、ブリアナに精密検査をし(彼女はまた熱が出ていました)、吐き気に対してStemetil(薬剤の名)を処方してくれました―これは本当に効きました。こうしている間もブリアナは吐き気が続き、ほてりや寒気を覚え、ふらふらして眩暈がし、無気力で全体に気分の悪い状態でした。それはよくなる気配が見られませんでした。私たちは木曜にまた一般医の所へ行き、そこで尿検査に異常がないことが確認されました。次のステップは血液検査で、これには腺熱のチェックも含まれていました。ブリアナはその週はずっと学校を休まなければなりませんでした。

スディプタ Sudipta 、インドの女性 35歳

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スディプタ Sudipta 、インドの女性 35歳
2010年1月9日に注射した。症状は1月18日より現れ、1月30日にすっかり悪くなった。
症状は、めまい、頭痛、関節痛、発熱、喉の感染、口唇および口腔乾燥、耳の震え、筋力低下、月経の乱れと停止、体重の減少(これが診断の鍵)。彼女は非常に弱って、数日ベッドから起きられなくなった。医師より、急性散在性脳炎ADEM、多発性硬化症MS、あるいはギラン・バレー症候群GBSと言われた。診断した医師は、他にも2、3例診たことがあると言っている。オーストラリアのKristine Clulow さんの例によく似ている。
彼女は優秀なマルチタスのできる女性でしたが、疲れやすく、物忘れしやすくなった。ダスティン ホフマンの演じる映画のレインマンのようになった。
毎日卵を2個食べ、特別な食事を工夫し、症状も良くなって来た。体重も戻って来た。
(訳者追加:夫のShankarさんはサーバリックスの副作用についてとても勉強なさったようです。明解な文章を書く方です。インドの状況がわかり、参考になります。)

ララ さん Lara 13歳

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Lara1.pngララ さん Lara 13歳

SaneVaxは、"もう1人の少女":ララさん(ウエールズ)を紹介したい。

ララさんの物語は、グラクソ・スミスクラインの、サーバリックスの販売キャンペーン "人生に備えを(Armed for Life)" に引き続いて起こった数々の悲劇の、もうひとつの物語、では終わらない。

サーバリックスを注射する以前は、ララは、すべての母親の夢の子供(dream child)だった。この子は泣かず、ウインクすると哺乳瓶を放し、いつでも笑っていた。大きくなるにつれ、みんなに、"energizer bunny (電池のコマーシャルのピンクの兎のキャラクター。YouTube参照)" を連想させた。彼女はいつも前向きで、体を動かすことにいつも参加していた。ララは自転車に乗り、ロラースケート、サッカー、バスケットボール、ホッケー、乗馬をやっていた。ララは、浜辺を歩くこと、サーフィン、水泳楽しんでいた。ララはいつも友達に囲まれ、すべての年代の子供たちから賞賛されていた。それらのすべての頂点に、ララは、13歳にして、人生において何をしたいかを知っていたーそれは法医学者(forensic pathologist)になることだった。ララは学校では一生懸命勉強し、それは成績証明書が示している。とにかく、どんな母親をも自慢にさせる子供だった。


ロジー Rosie とアッビー Abbie

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ロジー Rosie とアッビー Abbie
ロジーとアビーは2卵性双生児である。ロジーはスポーツ好きな少女、対照的にアッビーはのんきな少女である。
2人とも2008年10月14日、2008年12月1日にワクチン接種を受けた。アッビーはさらに3回目を2009年4月22日に受けた。最初のワクチンの注射のあと、ロジーはそけい部、膝、と注射部位が痛いと言って泣いて帰ってきた。アッビーは何でもなかった。2回めもアッビーは何でもなく、ロジーは同じ部位が痛み、歩き方も変になった。膝関節がとても痛くなり、準備運動すらできなくなった。2009年3月には学校に行けなくなった。夏の間は車いすを使わざるをえなかった。ドライアイがおこってきており、毎日目薬をささなければならない。
2010年4月の状態:ロジーは少しずつ良くなってきて、スポーツもできるようになった。
ロジーの経過はレベッカ(テニスプレーヤー)とよく似ている。ルーシーも水泳の素晴らしくできる少女である。

レベッカ

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レベッカ
ここで問題になっていることは、関節痛は、明らかにサーバリックスの副反応であることの明らかな証拠がある。GSKも関節痛が副反応の一つであることを指示すべきである、ということである。
レベッカは軽い喘息があったが、トーナメントテニス選手であり、どんなスポーツにも関心を持ち、また進んでワクチンを受ける少女だった。2回の接種を受けたとき、ひどい関節痛がおこった。不幸にして3回目の注射をしてしまい、最悪の結果に陥ってしまった。3回目の接種の時、松葉杖をついて学校にきていたのを目撃されている。
ひどい関節痛と、消耗がおこり、殆ど歩けず、車いすを使っている。
レベッカの2010年3月28日の現況は、殆ど病院で過ごしている。彼女もまた慢性疲労候群および筋痛性脳脊髄炎と診断されている。最近視力障害が起こしている。
保健大臣は「これは不幸な出来事だが、純粋に偶然におこったものだ」。これと反対意見のジャワド医師は、レベッカにと母親に会ったとき、どうして3回目をうってしまったのか」と問うた。彼女の状態を遙かに悪くしている。

リー Learh 18歳

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リー Learh 18歳
2009年4月5日のDaily Mail 紙の記事から。
英国のプログラムでは、12歳と13歳にワクチン接種するようですが、リーさんは18歳です。
2009年1月にワクチン接種。10日後にアルバイトの仕事をしているときに倒れ、気がついたとき、腰から下の知覚が無かった。2週間後の左足の知覚が戻った。
リーさんはてんかんとなった。医師たちは当惑し、一年前から服用している抗うつ剤が原因だと言いたいようである。
リーは、「車の運転免許証をとりあげられた。大学へ行くのを諦めなければならない。」と言っている。

アシレー Ashleigh

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アシレー Ashleigh 
2008年10月15日、一回のみsecondary schoolで注射。30分以内に、ひどい頭痛がおき、うめき声をあげた。その後、数日、ふらつきとめまいがあった。その後、脚に痛みを感じ、次の48時間以内に5回倒れた。家族とロンドンに言ったとき、症状が悪くなり、Frimley Park 病院 に2日間入院した。退院記録には、「めまいと全身の筋肉痛、おそらくワクチン接種によるもであろう。医師 Fisher」と書かれていた。
2008年10月24日、Alder Hey 病院に入院した。腕と脚に痛みがあったが、歩けなくなった。
2009年8月のアシレーさんの状態:上の病院に入院中であり、尿失禁のため、カテーテルが考慮されている。尿路感染を繰り返している。
歩行補助のフレームに掴って、数歩歩くのがやっとである。
このような症状が、ワクチンによるものと認める医師と、認めない医師との間で議論がある。
アルミニウムへの過敏反応を調べている。シリカが多く含まれているミネラルウオータがわかってきた。

ナタリー モートン Natalie Morton 享年14歳

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natalie.pngナタリー モートン Natalie Morton  享年14歳
2009年9月28日、ワクチン接種後、30分以内に死亡した。
病理解剖が行われ、両肺と心臓の近くに腫瘍(a tumor)があった。
何かの健康の問題で検査予定だったが、朝、家を出て学校いき、注射のあと帰らぬ人となったことは事実で、この腫瘍のために死亡したとは考えにくい。
この辺が議論になっている。権威筋はワクチンとの関連を認めない。
健康の問題があったなら、200%注射すべきでなかった。
(訳者意見:ワクチン接種により、アナフィラキシー型のアレルギー反応がおこったか、あるいは血管迷走神経反射で血圧が過度に下がれば死亡することはありうると思う。それにしても、左の写真は、撮られた時期を考えねばならないが、健康そのものにみえる。) 


ルーシー Lucy 14歳

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ルーシー Lucy 14歳
ワクチンの注射は、2009年9月21日の一回のみ。
翌日、喉が痛く、発熱し、声が出なくなった。
注射部位も痛くなった。
その後6週間も声が出ず、関節痛、筋力低下が起こった。
水泳の選手だったが、力が出ず、止めた。
2009年11月28日、激しい熱感のあと大量の発汗。激しく動悸がして、気をうしない、手足が激しく痙攣した。血圧が200mmHg以上だったと言われた。
救急入院したが過呼吸のパニックの発作と言われた。
実際には、彼女は歩けなくなった。手脚の不随意運動があった。
おそらく、慢性疲労症候群、筋痛性脳脊髄炎(ME)だろうと診断された。
車椅子で学校に通っている。
アルミニウムを下げるためsilica-rich Volvic 1.5リットルを3月飲んだが、もう必要ないといわれ、とても前向きな気持ちである。

サラ Sarah 12歳

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サラ Sarah 12歳
2回の接種。慢性疲労症候群の診断。
学校に行けるようになったが、フルタイムでいけるようになるには数ヶ月かあるだろう。

ララ さん Lara 13歳

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Lara1.pngララ さん Lara 13歳
ワクチン接種 2008年10月13日、11月17日、2009年3月31日
2回目の注射の後、発熱、咽頭痛、頭痛、関節痛、著しい疲労感が現れた。
数週間かかって落ち着いた。
3回目の注射のあと、高い発熱がし、歩けなくなった。声が出なくなった.
それでも3日何とか学校にいったが、そのあとは家にいるようになった。
彼女は光に非常に敏感になり、暗い部屋に座っているようになった。
異臭を感じるようになり、髪の毛が抜け、頭痛と肩の痛みがひどく。
ララの手足は思うように動かず、座っているときバランスがとれない。
体重が減少した。
ララは悪夢の中で生きている。
慢性疲労症候群、筋痛性脳脊髄炎と診断された。

訳者注:全文の訳があります。

ジェンマ Gemma 12~13歳

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ジェンマ Gemma 12~13歳?
3回の注射の次の日から、頭痛、めまいを感じるようになった。しばらくして視覚障害が現れた。
脳のMRIには異常がなかった。
めまいは少し軽くなったが、頭痛がひどくなり、学校から途中で帰ってくることがしばしばあった。頭痛のため学校にいけない日が週に1、2度ある。ひどい頭痛のため、部屋に閉じこもるようになった。

ローレン Lauren 12歳

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ローレン Lauren 12歳
2010年10月、一回注射
数日して肩が痛くなりはじめ、2、3日後には肘が痛くなった。全身に皮疹が出た。若年性関節リウマチ(スティル病)と診断された。
プレドニソロン(副腎皮質ホルモン)を投与されたが、高血糖症(糖尿病)を発症した。
Anakinraを注射しなければならなかった。
学校を1年休んだ。友達から(ステロイドで)太ったことをいわれ、泣いていた。

メリッサ Melissa

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メリッサ Melissa 
1回目の接種では無症状。
2回目の接種の直後、右の親指から始まって、すべての関節が腫れ、とても具合が悪くなった。動けなくなり、全身に皮疹がでた。高熱を発し、発汗、嘔吐、ひどい頭痛、一週間眠り続けた。
若年性関節リウマチ(スティル病)(juvenile rheumatoid arthritis, Still's disease)と診断された。
3年間治療をうけていて、2年間学校に行っていない。
(上に全文の訳があります。)

デボラ Deborah 13歳

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デボラ Deborah 13歳
2回の注射:2010年9月、2010年11月
(注射のあと)水泳をやっていたが、泳げなくなってきた。
学校で、腹痛で倒れた。急性化膿性虫垂炎ということで手術を受けたが、いっそう具合意が悪くなった。杖無しでは歩けない。足を踏み出せない。
関節痛、羞明を訴えている。
ワクチンのアジュバントに入っているアルミニウムが神経毒と考え、ミネラルウオーターを毎日1.5リットル飲んでいるが、少しずつ良くなっている。

エミリー Emily 12~13歳

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エミリー Emily 12~13歳?
ワクチン接種:2010年10月、2010年12月、2011年5月
1回目の注射の3週間目に学校を休んでいる。
2回目の注射の3週間後から、嘔吐、発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛と筋力低下、咽頭痛、激しい腹痛、皮疹(顔面、体幹)、めまい、疲労感。
慢性疲労症候群と診断されたが、右手、右足の知覚がなくなっている。
彼女は常に咽頭痛を訴え、しばしば、頭痛と腹痛を訴えている。
母親は「娘から命が流れ出してしまったようだ」と言っている。
ワクチン接種の3週間後から具合が悪くなっているが、初め、3週間も離れていたために、ワクチンとの関連がわからなかった.

ブリアンナ Brianna 13歳

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ブリアンナ Brianna 13歳
1回の注射のみ 2011年9月28日
2011年10月19日、ちょうど注射して3週間めから、吐き気がつよく、非常に体調が悪くなった。学校にいっても熱が出て具合がわるくなって帰ってきて、フルタイムの授業を受けられない。吐き気と悪寒、紅潮が続いている。検査では異常無し。腕と脚に痛みを間欠的に感じる。注射部位も痛む。
学校で子供たちから「何で死んでないんだ、ブリアンナ?(Why aren't you dead yet Brianna ? )」と言われ、親ともども狼狽している。

エレノーさん Eleanor 年齢? 12-13歳

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Eleanor.pngエレノーさん Eleanor 年齢? 12-13歳?
2008年10月、1回目の注射。数日後、胃痛で入院。急性虫垂炎が疑われて入院したが、便秘のせいだと言われた。
2008年11月、2回目の注射。その後数ヶ月にわたって胃痛続いた。過敏性腸症候群(IBS)といわれ薬を服用したがよくならず。
2009年5月、3回目の注射。とても痛かった。かかりつけ医からIBSといわれ、落ち込んだ。
なんとか学校に行っていた。ひどく疲れるため校外活動が出来なくなっていた。
2009年9月になると水も食物も摂れなくなった。入院して調べたが異常無し。胃潰瘍が疑われ除菌療法をしようとし痛みがひどくなった。原因がわからず、詐病、拒食症が疑われた。
吐血した。入院5週目からワクチンが原因でないかと疑われるようになった。
クローン病が疑われた。
11月ごろから下痢をするようになった。
2010年1月子宮内膜症が疑われ腹腔鏡検査が行われたが異常所見なし。
2月は痛みのため失神するようになった。
下血あり、潰瘍性大腸炎の診断。
エレノーは、元気のいい、幸福な、外向的な子だったが、今は殻に閉じこもった子になってしまい、すっかり変わってしまった。


Melissa メリッサさん バーンスレイ

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Melissa.pngMelissa メリッサさん バーンスレイ、ヨークシャー、イギリス

メッリサさんの母 アリソンさんによって語られた物語

私の娘は生命いっぱいに生きていて、友達に愛されていて、子供たちの一団がお茶を飲みたいと突然私の台所に現れたりするのはいつものことでした。それは私の家は生命にあふれ、私はそんな様子が好きでした。メリッサは人気者で、沢山の友達に囲まれていました。彼女は細やかで、おとなでした。彼女は7歳の妹、ブルーケを愛していて、私が出かけなければならないときには、よく公園に連れて行って見ていました。

娘が「学校で注射なの」と言った時が運命の日でした。私はワクチンが、子宮けいがんになるHPVウイルスを予防するものということは知っていましたが、それ以上は知りませんでした。学校からもっと情報をもらおうと考えていました。第一回目の注射は問題をおこさなかったのですが、2回目の注射するや否や、右の親指から始まって他のすべての関節に広がって、関節が腫れました。一週間もしないうちに、メリッサはすっかり具合が悪くなりました。彼女は体を動かせず、頭からつま先まで、皮疹でおおわれました。高い熱、滝のような汗、寒気、おう吐、ひどい頭痛、すべての関節が痛み、数週眠り続けました。メリッサは触るとひどく痛がりましたので、私たちは彼女に触れることができませんでした。かかりつけ医に往診してもらい、バーレイ病院を数回受診しました。病院ではPiriton(鎮静効果の強い抗ヒスタミン剤)が処方され、HPVワクチンへのアレルギーだといわれ、帰されました。最終的には、私たちはリーズ総合病院にコンサルト診断のため紹介されましたが、この頃にはメリッサの健康はすっかり悪くなっていました。わたしは、メリッサを失ってしまうのでないかと怯えていました。沢山の検査とX線撮影がなされ、メリッサの脾臓が腫れていることがわかりました。まもなく、コンサルト医師は全身性若年性リウマチ性関節炎(Still病)と診断しました。


ステイシーさん 17歳 ウエストミッドランド

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Stacey.pngステイシー ジョーンズさん 17歳
ビルストン、ウエストミッドランド

サーバリックの3回の接種 ー2008年11月15日、2009年1月24日、2009年5月16日ー17歳時

2009年10月3日の テレグラフ 紙 Telegraph newspaper からの抄録。

"ステーシー ジョーンズさん、17歳は、政府が薦めている、すべての女子高校生へのサーバリックスの注射後数日目に、初めてのてんかん発作をおこした。"

"その数週間後、彼女は数十回の発作をおこし、そのため、リハビリ施設に入らなければならないほど脳に障害を受け、施設で、彼女はサンドイッチを作るような基礎的なことの再学習を手助けされている。"


ガーダシルによる犠牲者の記録ー 抄録 Guard your children against Gardasil !

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SaneVaxのホームページにある、ガーダシルの健康被害を受けた方の記録の抄録です。かけがえのない健康あるいは命と引換の、極めて貴重な文書と考えます。すべての文書の一字一句が貴重ですから、時間がかかりますが、全文を翻訳するつもりです。

それまで待っていられませんので、すべての文書に一通り目を通すことを優先したいと考えています。多数の例に目を通すことにより、副作用の全体を知り、検討することができるとおもいます。

こんなことはあって欲しくはないのですが、日本人の女性で副反応がおこったとき、これらの記録が役立つとおもいます。


訳してみて驚くのは脳神経障害(てんかん、麻痺)の多さです。それらは恒久的な障害となってしまうようです(治らない、後遺症が残るということです)。

日本でも乳幼児に沢山ワクチンを射ちます。ワクチンの種類により、副作用の多寡と程度の差はあると思いますが、一定の確率で脳神経障害が起こっているはずです。

「ワクチンのすべて」という文書を読んだとき、ワクチンで自閉症がおこるという意見は意外に思いましたが、それ以上は考えないでしまいました。しかし、これだけの例をみて、その意見は正しいのではないかと考えるようになりました。乳幼児では神経障害の後遺症が出ても案外わかり難いのではないでしょうか。

Cassie カッシーさん ミズーリ州 14歳

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Cassie.pngCassie カッシーさん ミズーリ州  14歳
カッシーさんの母親の手紙をみてください。
「私たちの悪夢は、2007年12月、私たちは立ち会わず知らされもしませんでしたが、私の冗談好きの活動的な娘がすすんで袖をまくり、ガーダシルの注射をしたときからから始まりました。そのときカッシーは14歳でしたが、人生への誠の愛、人の心を暖かくする笑顔で知られ、バレーボールとトラックを走ること同様に、教会やFCAに属する学校のユースグループではとても活動的でした。それは、ガーダシルが彼女から人生を奪ってしまうまでのことでした。」
「彼女が3回目の注射を受けて以来、4回入医院し、私の考えでは不必要な手術をされ、膵炎、胃腸障害と診断され、肺炎を3回、そして、中心静脈にラインをおき脂肪で栄養せざるえをなくなった(TPN 経静脈栄養、IV nutrition 静脈栄養)ひどい吐き気と嘔吐、疲労、めまい、頭痛、光と音への過敏、視力低下、乳汁分泌、てんかん様発作、両下肢のチクチクする痛みと知覚麻痺、ひどい腹痛など多くの症状に苦しんでいます。」
「わたしの、かつての面白く明るい娘は病気と痛みに衰弱していますが、しかしながら、彼女は、ガーダシルに愛する心と笑顔が奪われてしまうのを拒否しています。」「娘から、神への愛と忠誠を絶対に諦めないと聞かされていても、ときに、もう彼女が息をしないのではないかと恐くなり、彼女から目を背けてしまうことがあります。」さらに彼女は「何事も神のご意志ですし、私の病気にだって理由があるのです。」とさえ言うのです。
「私たちはみんな、わたしの知っているこれらの少女達から沢山学べたし、カッシーのことをとても誇りに思っています。(We could all learn a lot from these girls I know I have and I am so proud of Cassie.)」
(全文を訳しました。でも、最後の行の前半はどう訳せばいいのでしょう。)

サマンサさん Samantha 15歳

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Samantha.pngサマンサ Samantha 15歳
GPA3.8のよくできる子だった。2型糖尿病、花粉症、Blount病(脛骨が湾曲する骨の異常)、多発性卵巣嚢腫あり出血を抑えるためピルを飲んでいた。
2007年11月、第1回目のガーダシルの注射したが、2、3時間以内に発熱と吐き気とひどい頭痛が起こり、ほぼ3週間臥床せざるを得なかった。医師(女性)を呼んだら、インフルエンザワクチンがうまくなかったに違いないといわれた。彼女はインフルエンザワクチンと同時にガーダシルの注射がなされたのだった。ちょっと体を動かしただけで気を失うようになった。両足に力が入らなくなった。2回目のガーダシルの注射のあと、足が痛いと泣いていた。両足とも末梢神経障害とされた。彼女は何度も失神し歩けなくなった。そして、その後3日間頭痛がした。
毎日朝起きると、サマンサは死んでいるのでないかと心配になる。
3回目のワクチン接種のあと、失神するようになりった。ワクチン接種後の症状は、slurred speech、 両脚の知覚欠損、視力低下、周辺視野欠損、非常な疲れやすさ。筋力低下、筋肉痛、頭に霧りがかかった感じ、月経異常など。
最後にERを受診したのは2009年8月25日だった。それまで、下肢の麻痺でERを何度も受診したので、小児科医のカスリーン サンティ医師を受診した。下肢の麻痺を診てもらいたかったのだが、その医師は診ることを拒否した。そして、ERを受診しろといった。信じられないことだが、女性医師はサマンサに目もくれようとしなかった。サマンサは2003年から彼女の患者だった。これには私も怒った。
サマンサはワクチンする前も病気がちだったが、ワクチンをしてもっと酷くなった。
ガーダシルは、インフルエンザワクチンと同時接種することは研究されてないはずだ.
私の娘は同時接種された。
ガーダシルだけの接種でもてんかんのような重い病気に苦しんでいる子供がいるのだが、2種同時接種は彼女の体のシステムには重すぎた。
私にはっきりしたことは、サマンサのような病気の既往のある子は決してガーダシルを射ってはいけないということだ。
母親としてお願いしたいことは、若い人たちがこの有害なワクチンに傷つけられる前に、誰か聞いて、何か行動して欲しいということだ。
(訳者意見:2011年6月26日付け文書の抄録です。原文が行き来の大きい文章です。)


ブリッタニーさん Brittany 21歳 オハイオ州

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Briitany.pngブリッタニーさん Brittany 21歳 オハイオ州ブリッタニーさんは世話好きの優しい子だった。優秀な子で、高校の後ろの2年間を1年で終了した。クラスにクッキーを焼いて持ってきたりするので「クラスのおかみさん(hostess of the classroom)」と親愛を込めて呼ばれていた。
2007年6月、21歳のとき、家庭医から、実験(lab)でうつったりするから、ガーダシルを注射するようにと言われた。医師は副作用は無いからと保証したので、HPV感染の恐怖から、医者の言うのは正しいだろうと受け入れた。
注射から6週間のあいだ、失神、ハンマーで打たれるような脚の痛み、そして驚くべき事にけいれんを起こすようになった。彼女は今までけいれんを起こしたことはないし、家族歴もないのである。
それでも、ブリッタニーさんは以前と同様に頑張っていた。
8月までに2回目の注射をした。10日後から、頭と顎が強く押し付けらるような感じがあったと思ったら、拷問のような脚の痛み、筋力低下、手足と頭部のゴムのような感じと焼けるような刺される痛みがおこってきた。ついには歩けなくなった。
救急受診したり、有名な病院の専門医に診てもらったが、「異常無し」であった。
幸運にも、彼女の友人が、ガーダシル注射後の、不可解な症状に苦しんでいる少女たちのことをインターネットでみて教えてくれた。
吐き気とめまいと目のかすみで、ブリッタニーさんはコンピュータの文字を読めないのである。
後に、ある内科医から「3回目の注射をしていたら恐らく死んでいただろう」と言われた。
ブリッタニーさんは40人以上の専門医に診てもらっていたが、幾人かの医師はガーダシルのせいでないかと聞くや否や、彼女の症状は心理的転化だと決め付けた。ある医療機関では、HPVワクチンの責めを聞くや否や、ドアを閉められ追い出された。
最終的には5人の医師から次の様に診断されている:末梢神経障害、瞳孔散大と機能異常、両脚の末梢神経炎、内分泌低下、特発性てんかん、肝機能異常、消化管異常、慢性ギラン バレー症候群様症状、ホルモン異常。
3年半経った現在、ブリッタニーさんの症状はよくなったり悪くなったりであるが、少し改善が見られる。
彼女はこの物語を、HPVワクチンで障害をうけたり亡くなったりした、世界中の人々に捧げたいと思っている。

サラさん 19歳 ユタ州

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Sarah.pngサラさん 19歳 ユタ州
サラさんは成績優秀なブリガム ヤング大学の学生だった。ダンスもやっていた。
大学から、HPV感染の危険性とガーダシルの利点について書かれたパンフレットを受け取った。副作用については、注射部位の痛み、発赤、おそらく失神とあった。健康診断のため医者のところに赴いたら、医者はガーダシルを受けるべきだと、頑強に説明された(the doctor was adamant that she needed Gardasil)。
2007年1月、サラさんはインフルエンザのワクチンと一緒に、2回目のガーダシルの注射をした。
1週間後、サラさんは痛くて麻痺して、ベッドから起きられなくなった。4時間後彼女のルームメイトが発見して、病院に駆けつけた。
白血球は殆どなくなっており、内科医の言葉では、「免疫システムは根こそぎなくなっている」ということだった。酷い慢性的な痛みと、疲労が続いている。薬剤に非常に敏感になった。何もできず、ベッドに寝てるしかないことが何度もあった。
医師はVAERSに登録した。何度もMerckに電話したが、繋がったことがない。
IHRC (保険会社?)は、彼女の症状がその診療所で射たれたワクチンの副作用によるものであることについて、責任を取ろうとしないし、認めようともしない。
サラさんは、"もう1人の女性"としてガーダシルに守られるように反応することを許されなかった、"もう1人の女性"である(Sara is one more girl who has refused to allow her reaction to Gardasil make her ' one less'.)。

テイラーさん Taylor 13歳 インディアナ州

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Taylor.pngテイラーさん Taylor 13歳 インディアナ州
彼女は1回目の注射のあと3週間目にけいれんをおこした。ガーダシルのパッケージには「強いアレルギー反応(sever allergic reaction)のみられた場合には止めるように」と書かれている。今ままでてんかんの無かったひとに、ワクチン接種のあとてんかんが現れたらそれはつよいアレルギー反応と考えるべきである。しかし、彼女の受け持ち医師は全3回の注射をおこなった。
2007年8月の終わりに1回めの注射をした。3週間後にてんかん発作をおこした。医師は、ワクチン接種がてんかんを起こしている可能性は無い(there was no possible way that this vaccination was causing my problems)と言い、あと二回も打ってしまった。
2007年9月8日、クロスカントリーのあとけいれん発作をおこした。
彼女のけいれん発作から2年後、友人のCaleighさんがガーダシルの注射のあとけいれんをおこした。それで、事態が明白になった。
3年半経た2011年になっても、けいれん発作をおこしている、発作が全く予想がつかず、大好きなソフトボールゲームに、マネージャーとしても出られない。
偏頭痛と食物アレルギー(グルテン、乳製品、カゼインなどなど)に悩まされている。
彼女は成績が全A(a straight A student)の生徒だったが、いまではそうではない。

ブリットニー Brittney 年齢 ?

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Brittney.pngブリットニー  Brittney 年齢 ?
娘がガーダシルの副作用で苦しんでいる父親の怒りと苦悩の文章である。
ブリットニーさんはガーダシル注射のあと副作用が出て、歩くのに苦痛のようだ。
(Brittney struggles just to walk and to deal with pain)。
ワクチンが副作用で子供に苦痛を生じさせているときには、家族にも相当の苦しみを生じさせている。
アレルギーで通院していた内科医がガーダシルを勧めたので射ったが、その進め方(性行為でうつる、がんになるとか言って脅す)、副作用について説明しなかった、副作用が出た後ワクチンとの関係を認めない(心理的なものだと言った)、副作用で苦しんでいることに対して医師が関心を持とうしなくなったという態度に、怒りを爆発させている。
一方で、娘が成人してキャリアパスをつくることを楽しみにしていたが、それができなくなった、娘が孤立(友達から短い電話しかこない、訪ねてきてもすぐ帰る)していくのを見てさらに苦悩を深いものにしている。
副作用の不十分な検討まま販売している製薬メーカーに販売の中止、医師には誠実になって欲しいと訴えている。

カースティーさん Kirstie ニューヨーク 12歳

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Kirstie.pngカースティーさん Kirstie ニューヨーク 12歳
運動と楽器演奏が得意な少女
2007年4月23日、1回目の注射。数週間後に腕、脚に皮下出血、サッカーやラクロスのせいだと考えていた。
5月29日2回目の注射。皮下出血がおこった。
6月17日、月経が10日続いた。
6月29日、遊園地で膣出血。30日も出血。
7月2日、血小板18000とわかる。血小板減少症の診断。
7月は血小板が減少し続けた。
医師は血小板減少症の原因はウイルスだとして、ワクチンとの関連を認めようとしなかった。
2010年も血小板が少ないため、サッカーやバスケットボールの試合を欠場した。
回復してきている。

クリッシーさん 27歳 ノースカロライナ州

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Crissey.pngCrissey Meeks クリッシーさん 27歳 ノースカロライナ州

私の名はクリッシー ミークス、27歳です。ガーダシルの注射の後不可解な症状を持っている、沢山の10代の少女がいることは知っています。私の経験を、この少女たちと、世界とで共有してもらいたいと思いました。みなさん、医師、両親、政治家の人たちに、毎日毎日、罪の無い犠牲者に毒が注入されているという現実に目覚めてもらう必要があります。(People, doctors, parents, and politicians need to be aware of the toxins they are pumping into innocent victims on a daily basis.)。ガーダシルが注射される前は、私は完全に普通で、私は若く、精力的な、活力みなぎる女性でした。それは、自分の生活を愛し、十二分に生きていたといたということです。私は典型的な(21歳を超えた)成人で、とても社交的で、外に出かけ、とても活動的でした。きっかけはPAP(子宮頸がん検診)で異常だったことから始まりました。私の産婦人科医師はコルポスコピーをやり、処置が施されました。婦人科医に結果を聞きにいったとき、HPVワクチン接種を受けておくことはとても利益がある、と語られたことでした。あなたも知っているように、彼女(医師)は、耳によいことばかり告げられました。どのように子宮頸がんを予防し、それは(がんから)自由になることで、基本的に勝利で、勝利の状況であると。

私はパンフレットを読み、人生で最悪の決定をしました。2007年5月11日、第一回目の注射を打ちました。それが腕に入るや否や、焼けるような感覚が腕から体に突き抜けるのを感じました。注射のあと、診療所をあとにし、仕事に戻りました。右腕はとても痛み、でも、腫れたり痛むのは普通のことと見なしていました。そのあと、私の人生が変わるなんて殆ど知りませんでした。私の右半身は一週間以上ひどく痛みました。右腕の注射部位に、しこりが出来ていました。

まだ、それは正常な反応だと考えて、気にしなくなりました。2007年6月8日ごろから、少し変な気分がしてきました。正確には説明できません。胃が痛く、一日中チクチクと痛く:でも私はやっていることをやり続けました。私の兄弟はインドにに出発するので、9日に私の家に集まってお別れ会を行う計画していました。


エイミーさん 13歳 インディアナ州

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Zeda1.png エイミー さん 13歳  インディアナ州
Amy Castelbery Pingle, Indiana

ワ クチンによる障害を考えるとき、普通はワクチンを注射された本人のことを思い浮かべます。でもそれは物語の全体ではありません。実際に注射された人の家 族、友人、まわりの人すべてに衝撃を与えるものなのです。1人がガーダシルの注射で完全に障害を負ってしまった、4人の子供をもつシングルマザーの、この 物語を考えてみてください。この母親は、娘が左の写真から次の写真のように変わって悪くなっていくのを見ていたのです。どうか、彼女(母親)自身の言葉で 語られた物語を読む時間をとってください。



私は男の子2人、女の子2人のシングルマザーです。私たちはインディアナ州のLake Stationに住んでいました。長女のゼダが病気になるまでは、普通の生活をしていました。私はフルタイムの仕事をし、13歳のゼダはチアリーダーで、 優秀な生徒(straight A student)した。彼女は私にとっては、他の子供と一緒になって大きな手助けとなってくれていました。
私 はいつも子供たちの健康に気を配っていました。健康チェックに連れていき、医師の薦めるワクチンはどんなものでも、彼らはうけました。子供たちは全員、そ こら辺に流行する単純な風邪を除けば、完全に健康でした。そう、完全に健康だったのは、2008年11月5日、ゼダの健康チェックに訪れた時まででした。 彼女の人生は、彼女も知っていた様に、家族の残りの者と一緒に完全に変わってしまいました。 

ジャスミンさん - ニュージーランド

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SaneVAXのVICTIMSから、亡くなったかたの記録を探してみましたが意外に少ないのです。詳しい経過は、ジャスミン レナータさんのものだけとおもいます。考えてみますと、ガーダシルの副反応で亡くなるときには、例えば Chistina さんの場合のように、カレッジのベッドで突然死しているところを発見されるのですから、基本的に副反応の経過の記録が残せないのです。本当に突然死が多い のです。
ジャスミンさんは、2008年9月18日に第1回目のガーダシルの注射をして、亡くなったのは翌年の9月22日でした。1年と4日という長い経過をたどったジャスミンさんの記録は大変貴重と思います。

warts を"イボ"と訳しましたが、ガーダシルの注射のあと"イボ"が出現したというのは驚くべき事です。2週間めというのは、HPV(ヒトパピローマウイルス) に対する抗体が上がってきてもいい時期です。ガーダシルは、皮膚に"イボ"をつくるヒトHPV 6,11 に効く、というのが売りの文句なのです。
(この現象のもっとも単純な解釈は、ワクチン液の中に生きたウイルス粒子が入っていたのでないか、ということです。さらに重大なことは、HPVは粘膜の表面に局在するのに対し、注射で入れられた場合、体の内部、流血中に入るということです。)
ジャスミンさんの例は、ガーダシルが全く効かないということを疑うに十分な例です。
また、ガーダシルは、一部のひとには非常に危険なものであることを示しています。

一体、ニュージーランドの医師は何をやっているのでしょう。ワクチンの副反応が起こっているのは明白です。どうして、2度目、3度目と射つのでしょうか。最後の行で、家族は医師にウソを言われた、と感じているのがわかります。