趣味の資料

ちあきなおみの歌 秘恋

私が YouTube で初めてこの歌を聴いたのは2010年と思います。そのころの<秘恋>の聴取数が3桁で、こんなにいい歌なのにあまり聴かれていないんだな、と思いながら聴いておりました。その前にあったものが削除されのかもしれません。最近は聴取数が万単位になり、沢山のちあきなおみファンに聴かれています。一方では、NHK放送の録画は YouTube から徹底的に削除されています。残念です。

<秘恋>の歌詞の世界と、ちあきなおみの歌い方に(表情にも)本当に魅せられてしまいました。
メロディーがとても魅力的です。ちあきなおみの歌で最も印象に残るものです。



ちあきなおみはアマリア・ロドリゲスのファドに触れ、ポルトガルを旅行し、歌の世界が広げたと言われています。そして、 "待夢"(time?) というCDアルバムを作りました。そのなかのトップが<秘恋>です。

CDの方
は、イントロはアルトサックスとエレキギター?でフィーチャーしています。上のNHKの録画の方はバンジョー?とチェレスタです。私はNHKの録画の歌のほうが好きです。

CDの解説文で、<秘恋>の元歌が< Foi Ontem (昨日)>とわかりました。アマリア・ロドリゲスの歌でした。録音のせいもあるかもしれませんが、昔の不思議な世界に引きこまれる感じがします。

歌詞はどのようなものかと探しました。ポルトガル語はできませんので、インターネットの翻訳サービスを利用してみました。ポルトガル語から日本語への変換はうまくいきません。英語に翻訳させて、意味がわかるようになりました。一部ですが下に訳を付けてみました。

なんとも苦しい歌です。

<Foi Ontem> と<秘恋>は全く別物になっていると思います。<Foi Ontem>の歌の魅力を見抜き、ちあきなおみのためにあたらしく歌詞を書き、伴奏を書いた人たちの感性と努力に拍手!です。

[2016-10-23追記:上記の Youtube の Amalia Rodrigues の <Foi Ontem> 動画の歌を聴いて、Autor Julio de Sousa と表示されるのが気になって検索してみましたら、このページがありました。彼は詩人で作曲家でファドの歌い手等、多才な人だったようです。Alfredo Duarte Junior という男の歌手の <Foi Ontem>を効きましたが、トツトツした感じがなかなかいいと思いました。曲の良さがよくわかります。詩は4-4-3-4-4-3行の構成になっていることがわかりました。何という形式なんだろうか。下の歌詞とちょっと違うところがありますね。]

Amália Rodrigues - Foi Ontem
 
Foi ontem que lembrei o meu passado 昨日、過去の苦しい幻覚のくちづけを思い出した。
E o fantasma remorso deu um beijo
Só ontem percebi tudo acabado  昨日、すべてのことがわかった。
A luz crua da vida em que me vejo 激しい光で私がどうしたのかわからせた。

Um filho desse amor, amor-pecado この愛の子、罪の子
No meu pecado vivo se tornou 私の罪は私に帰る
E chora, e fica triste 私は泣き、そして悲しい
Sempre que canto este meu fado
Fado do amor que o amor matou

Foi ontem como hoje
E sempre e sempre o que há de vir Oh
Deus, dá-me sossego pra dormir

Foi ontem que fechei os olhos teus
Mas novamente veio a primavera
E eu que julgava ter fechado os meus
O outro ninho, outro ciclo ou folhas dera

Foi ontem que fugiu, outra o levou
Por que será que tudo me castiga?
O que será que eu canto esta toada, esta cantiga
Que a experiência da vida me ensinou

Foi ontem, como hoje E sempre e sempre o que há de vir
Oh Deus, olha por mim
Quero dormir

以下は Google 翻訳を使って英文化したものです。

It was yesterday that I remembered my last
And remorse ghost kissed
Only yesterday I realized all over
The harsh light of life in which I find myself
A child of this love, love-sin In my sin became alive
And weeps and is sad
Whenever this corner my fate
Fado love love killed
Yesterday and today
And again and again what is to come
Oh God, give me peace to sleep
Yesterday I closed your eyes
But again came to spring
And I thought I had closed my
The other nest, another cycle or leaves had
It was yesterday that fled, another led
Why does all punishes me?
What will I sing this tune, this song
What life experience has taught me
It was yesterday, like today
And again and again what is to come
Oh God, look for me I want to slee

ちあきなおみの歌

この記事は平成26年の、宮城県保険医協会新聞、新年特集号に寄稿したものです。
150dpiでスキャナーで読んでいます。ディスプレイで見えない場合、「名前をつけて保存し」て適当なビュアーでご覧になるか、印刷してご覧になってください。
私の17インチ1280x1024dotのディスプレイは、計算してみたら90dpiでした。ですから、1.7倍に拡大されます。

chiaki150dpi.jpg

ちあきなおみのシャンソン

ちあきなおみの歌についてブログに書いてみました。
そうしたら、かえって余計に、ちあきなおみの歌が気になってしまい、また聴き直してみました。

今回、とくに印象に残ったのがシャンソンでした。

若い頃のことをふと思いだすと、胸が苦しくなることがある。
それは人生が後半に入ったことを自覚したから。
世界は自分と関わりなく変わっていくことを知ったから。
「ラ ボエーム」はそんなシャンソンに思えます。

20代に過ごした、街、アパルトマンを訪ねてみた。
あの頃の愛、夢、語らい。
しかし、今は変わってしまった...。

暗い藍色の照明の舞台に、黒のドレスのちあきなおみが現れます。
ステージのデザイン、渋い、素晴らしいです。




ちあきなおみは、一輪の赤い薔薇をもって舞台に現れます。
歌詞は、恋人の女性の立場から、追憶として書かれております。
そして歌い終わり、椅子のうえに薔薇を落とします。

若いときの思い入れと熱狂を、今はたゆたうような「一抹の夢」にしてしまうところが、いかにも日本的かな、と思いました。
美しいビデオとおもいます

「ラ・ボエーム la boheme」と言ったら本家のシャルル アズナブールの歌を聴いてみないといけません。
心地よい響きの声、ほれぼれするフランス語とおもいます。

シャルル アズナブールは白いナプキンのようなもので手を拭きながら、歌い始めます。絵の具のついた指を拭いているのですね。
絵を描きながら、若い人に、自分の若いときの話をきかせようか、というシチュエーションなのですね。
「若い頃のことを話そう。20歳にもならない君たちにはわからないかもしれない。そのころはモンマルトルで絵描いて生きていた。幸福だった。自分の才能を信じ、時代の夢を生きていた。」
「モンマルトルを訪ねてみたが、昔の面影はなくなっていた。あのアトリエもなくなっていた。もう何も言うことはない。」
歌い終わり、ナプキンのようなものを捨てて去ります。



歌詞の訳はここがよいとおもいます。
フランス語歌詞 日本語訳 ラ ボエーム


「それぞれのテーブル」は、たわいないストーリーのシャンソン、と言ったら失礼だろうか。

レストランにいたら、別れた彼が、恋人と一緒に店に入ってきた。
ばつの悪さ。
しかし、懐かしい。
うれしい感情が蘇る。
彼の仕草を見てしまう、彼の声に耳を傾けてしまう。
でも、もう別々のテーブルにいるのね....。

詞の世界が、「ラ ボエーム」のようには成功していない。
なんかもたもたしている。
(曲自体が、バックの演奏が....)

でも、女性の心の動きをとらえた佳品とおもいます。
歌い始めの「店のドアが開き 入って来た人は 貴方だった」のところの、「あなただった」の歌い方、表情がとっても微妙。



(私は大学生のとき、第2外国語にフランス語を学びました。2、3年前から、テレビの語学番組を利用しながら、スペイン語に手をだしております。どちらも、ちょっとだけできる、という程度ですが。)

うたの向こう側の世界・・・ちあきなおみの歌

ちあきなおみの歌についてブログで取り上げたい、とずっと思っていました。

でも、このひとの歌をどう表現したらいいのか、考えあぐねていました。

 2012年2月、NHKの「クローズアップ現代」で、由紀さおりの歌をとりあげていました。

ご存知のように、彼女の歌が欧米で大ヒットしました。

 番組の終わりのほうで、ゲストの詩人のアーサー・ビナード氏が、彼女の歌を評して、「歌の向こう側の世界を表現している」、と言ったことばが印象にのこりました。

そうなんです。

ちあきなおみの歌も、「歌の向こう側の世界」、を表現しているのです。 

 

 

ちあきなおみの歌はうまいな、と思ったのは、10年も20年も前だと思います。

インスタントコーヒーのコマーシャルに流れた歌を、とても印象深く記憶しておりました。

2、3年前、曲名を探してみて、「黄昏のビギン」とわかりました。



YouTubeで彼女の歌を片っ端から聴いてみました。

ものすごくうまい。

「黄昏のビギン」と「星影の小路」、双璧と思います。

ちあきなおみの歌は人を幸せにする歌ですね。

ことばがすーっと心にはいってきます。

そして、歌い方の多様性。

「すみだ川」を聴いてみてください。

伝統的な歌い方というかもしれませんが、三味線の音に合うように、声、歌い方を替えているのです。

見事です。




youku ちあきなおみ すみだ川



ちあきなおみの歌を考えるのにとても貴重なビデオがあります。

「あかい靴」です。

これを見たのは2年くらい前ですが、とても印象深く記憶しております。

残念ながらYouTubeから削除されておりますが、まだネットにありました。

歌う前に彼女はこう語ります。

「私にはなぜか、あの異人さんに連れていかれた女の子というのが、小さい子供だとは思えないんです。聴いてください、赤い靴」

youku ちあきなおみ 赤い靴

 バックの演奏も、とくにピアノの伴奏が素晴らしい。

 (ちあきなおみのファンのかたは保存したほうがいいです。)

配置が乱れていますが、この歌い方はぞくぞくします。

「歌の向こう側の世界」を表している極致の歌が「ねえ、あんた」と思います。

歌なのか一人芝居なのか。

このような歌、パフォーマンスは後にも先にも無いとおもいます。

 


もう一つあげるとすれば「紅とんぼ」でしょうね。
演歌の形式をとった最高傑作と思います。
こちらは何度でも聴けます。
YouTube ちあきなおみ 紅とんぼ
こちらは作曲者の舟村 徹氏がギターをひいています。
YouTube ギター(船村徹)で歌う ちあきなおみ の紅とんぼ

冬隣、紅い花、もいい。

ときどき、車を運転しながら、ちあきなおみのCDを聴いていますが、こういうときはこの歌がぴったりです。 思わず、歌ってしまいます。
YouTube ちあきなおみ かもめの街

「矢切の渡し」は某男性歌手の歌で耳に入っておりましたので、まあ、聴かなくてもよいかな、と思っておりました。
今回、何の気なしに聴いてみて、「おっ!、これは凄い」と思いました。
歌い出しの歌詞の、道行きの男と女の台詞の歌い分け、ちょっと驚きました。
2番の歌詞の後半は、映画か芝居の一場面を見ているようです。
「矢切の渡し」はこういう歌だったかと、聴き直しました。
ちあきなおみの「芸」が、よく現れている、よくわかるビデオと思います。
ちあきなおみの歌がわかるフアンが沢山いる、というのもいいですね。
YouTube Chiaki Naomi Yagirino Watashi 矢切の渡し

この歌もいい。
YouTube しのび雪/ちあきなおみ

ここまで書いてきて、彼女の歌について、「うたの向こう側の世界」を表している、という言葉でくくれるものではないなあ、と考え直しています。

基本的に歌のうまさ。

ささやかれるような歌い方の、ことばにこめられた情感の豊かさ。
刺激的な響きのない、ふくらみのある声。
 こういうものが彼女のうたの魅力と思います。
 

(NHKさん始め、著作権の主張で、私が気に入っていた、ちあきなおみさんの動画が大量に削除されてしまいました。NHKのステージライブは、舞台装置、カメラワークなど、なにからなにまでとても立派で、また、ちあきなおみさんの歌もとてもよくて、宝物のように思っておりました。タイトル、テロップに英語を入れると、世界中の人に見てもられます。お願いです。これ以上削除しないでください。v.youku.comを紹介するのは本意でありません。しかし、ちあきなおみさんの良質なビデオ画像が沢山みられるのです。)


スルマ ユガール Zulma Yugar の歌

Zulma Yugar さんはボリビアを代表する歌手です。国民栄誉賞を贈られるような、日本で言えば美空ひばり級の歌手です。
このCDを入手した経緯は覚えていません。おそらく、この写真に惹かれたものと思います。
すてきですね。この様な写真を残すことができた女性は、一生幸福なのではないかと思います。
帽子と飾りはボリビアの祭の衣装です。たしか、ユネスコ世界文化遺産になっているとの記憶があります。



Zulma Yugarさんを代表する歌は Piel Morena (ピエル モレナ 浅黒い肌)です。
このCD(TKF-CD-23)のトップも Piel Morena です。

愛する男が旅に出る、後朝の朝(きぬぎぬのあさ)の歌です。
でも、「浅黒い肌」のためにおこる苦労を心配するような、そんな気配が感じられる歌詞です。肌の色の黒いこと、出自がインディオであることは、南米の社会では決定的に不利になるようです。

「Piel Morena 浅黒い肌」とはどういう意味であるか、下の画だけでわかります。
平和を願う歌なのですね。気がつきませんでした。


En tu piel,  en mi piel   あなたの肌にも、私の肌にも
arrullara una cancion   ひとつの歌が 優しく響く
dejara un sol en tu lagrimas   あなたの涙に太陽を置いて行く
con un rocio de amor    霧のような愛と一緒に
con un rocio de amor    霧のような愛と一緒に
con un rocio de amor    霧のような愛と一緒に

En tu piel,  en mi piel    あなたの肌にも、私の肌にも
mis suenosse vuelven luz   私の夢が明るくよみがえる
tu piel morena es la lagrima   あなたの浅黒い肌は涙
que bana mi cielo azul   私の青空にふりそそぐ涙
que bana mi cielo azul   私の青空にふりそそぐ涙
que bana mi cielo azul   私の青空にふりそそぐ涙

las motagnas nevedas se van  雪をかぶった山が過ぎてゆく
y en ese pueblo tu sola esteras  あの村であなたは一人寂しく過ごしている
la luna llena de mi te hablas  満月が私のことをあなたに話すだろう
un sol aridiente mi canto tendras  私の歌が持つ燃えたぎるような太陽を
(se repetite)                                (繰り返し)

Llora el alba al partir  旅立ちの朝、夜明けが泣いている
llora el silencio otra vez  再び沈黙が泣き始める
dejo Bolivia en mi corazon  私の心の中にボリビアを置いて行く
siente morirse mi ser  私という存在がなくなっていくような気がしている
siente morirse mi ser  私という存在がなくなっていくような気がしている
siente morirse mi ser  私という存在がなくなっていくような気がしている

Pero en mi quedara  でも私の中に
dulces recuerdos de ayer  昔の想い出が残っている
tus ojos negros, tu lagrimas  あなたの黒い瞳も、 あなたの涙も
tu piel morena en mi piel   私に肌にあなたの浅黒い肌
tu piel morena en mi piel   私に肌にあなたの浅黒い肌
tu piel morena en mi piel   私に肌にあなたの浅黒い肌



この歌も上のCDに入っています。ケチュア語の歌です。
アルファベットの綴は、スペイン語的な発音記号となっています。

K'oly pankarita コリ パンカリータ   美しい花

Sumataki k'oly pankarita   美しい花のようなあなたのために
suyask tamja suma urunaka  これから楽しい日々が続く
jumamp nayampi nina naira あなたと私は燃える瞳を持っている
ma suma taki lurtesinani いい道を二人で作って行こう
jumamp nayampi nina naira
ma suma taki lurtensinani
ayayay fueguito k'oly pankarita  ああ、燃えるような美しい花よ
ayayay fueguito k'oly pankarita

Pa marajer suma Imillita  あれからもう二年経つ イミジータ
nta kutimpis kitirus munkati もう二度と人を愛することはない
sumat sumat savanakesina あなたは私に喧嘩しないでといった
amtasimay k'oly niwa naira
sumat sumat savanakesina
amtasimay k'oly niwa naira
ayayay fueguito k'oly pankarita 私はあの炎のような瞳を思い出す
ayayay fueguito k'oly pankarita
                                              (イミジータ:インディオの女の子)

ところで、彼女のセーターの模様に注目してください(バックの山はマチュピチュと思います)。
また上の Piel  Morena のタイトルバックの絵の左上、 Gの左に、模様のようなものがあります。
これ、模様ではなくて、タワンティンスーユ(インカ帝国)の旗です。

Wankar著 吉田秀穂訳 「Tawantinsuyu: Cinco siglos de guerra Qheswymara contra Espana 先住民族 インカの抵抗五百年史 タワンティンスーユの鬪い」の裏表紙の解説が適切と思いました。



(タワンティンスーユとはいわゆる「インカ帝国」のことで、ケスワイマラ人を中核とした複合民族国家であり、その領土は現在のエクアドル、ペルー、ボリビア、そして、チリ、アルゼンチンの北部におよんでいた。この旗は、(今から)5世紀前のスペインの植民地化以来、抑圧され、分断されてきた多数民族=ケスワイマラ民族の解放、そしてタワンティンスーユの再建、独立、国家形成をめざす著者達の運動のシンボルである。)

Savia Andina(アンデスの樹液)というグループ(コンフント)の Piel Morena がありました。バックの画像が素晴らしく(タワンティンスーユの旗がありました)気に入っていたのですが、削除されてしまいました。とても残念です。代わりに彼らの Piel Morena の演奏の動画を紹介しておきます。演奏のスタイルがわかるのではないかとおもいます。
削除されたものでは前半は主旋律をケーナが、後半はトヨス(大型のサンポーニャ(パンフルート))で演奏されていましたので少し違いますね。
Piel Morena は、タワンティンスーユの再興を目指す人々のシンボルの歌になっているのですね。

「大崎市医師会報に発表した文書」に置いておきました、「私はインディオ(Indio Soy)という歌」という文書も、是非合わせてお読み下さい。

(2014年2月10日追加)しばらくぶりにスルマ・ユガールさんのCDを聴いていて、気に入っていた曲を思い出しました。
Morenada Central 最高のモレナーダ。モレナーダはボリビアの踊りのリズムのことです。動画の冒頭の彼女の体の動きがそうだと思います。カーナバルの楽しい思い出が歌われています。(CDの歌と演奏の方がいいです。でも、楽しさが良く伝わってきます。)





CDの中で、「裂け目を広げながら」という歌と歌詞が印象に残っておりました。他の歌と違って、ただならぬ緊張感が気になりました。歌詞は以下のようなものです。YouTubeにはスルマ・ユガールさんの歌はありません。ギターの演奏がありました。



Llugue del sur  私は南からやってきた
con una ilusion  ある夢を持って
sembrar para consechar  いい収穫ができるように種をまく
atras deje mi pueblieto gris
motagnas y soledad  山に囲まれ寂しげな、私の灰色の村をあとにして。

ahola un pahuichi en la selva orienyal  今では東部のジャングルにボロ家住まい。
peor que en la canaveral  さとうきび畑の方がまし。
un obrero de la cana soy  私はサトウキビの労働者。
travajo de sol a slo  日給じゃ食べることも出来ない
el jornal no da para comer
y el calor me va a matar  暑くて死にそうだ。

Esta es la vida de muchos zafreros  これが鉱夫たちの人生
solo frustracion  あるのは失望ばかり。
venir desde tan lejos  あんなに遠くからやって来て
para encontrar la somra del dolor  見つけたのは苦悩の影ばかり
abriendo becha en la horizonte  地平線に裂け目を広げながら
tengo de buscar lus para que alumbvre  照らしてくれる光を探さなきゃならない。
la nueva senda que deba tomar 取るべき新しい道を

Quisiera encontatrar le agua clara que calme mi sed  私の乾きをいやす澄みわたった水を見つけたい
sed de vivre, con la justica, tambien de mi lao entonces si 公平に生きたいという渇きを満たしたい
entonare coplas al vino y al amor だからそう
recorrere los caminos 私はワインと愛に捧げて歌う
abriendo brecha sin descansar  休むことなく裂け目を広げながら、
pare que juntos un dia  数々の道を巡っていく
esta pobresa poder desterrar いつの日かみんな一緒に
この貧しさを捨てるため。
(se repite la seguenda parte )
(西村秀人訳、CDの解説より)

Los Kjarkas ロス カールカス !

昨日、SNSよりメール。 ロス カールカスの大阪公演が無事終わったと。
エッ、今年もロス カールカスの来日公演があったの?
私は一昨年('09年)6月、蒲郡市と神奈川県の松田町と追っかけをし、2回の公演を聴きました。

ロスカールカスとはボリビアのフォルクローレグループです。
彼らの人気は南米全体、ヨーロッパにまで広がっております。
フォルクローレを土台に、ロック調の力強さ、激しさを持ち込んだところに多くの若者の支持を得たものとおもいます。
年代的にもスタートは日本のグループサウンズとほぼ一致します。

彼らが知られるようになった大ヒット曲はWayayay(ワイヤイヤイ)でした。
「泣きながら」は彼らのオリジナルの作曲ですが、他のグループに換骨奪胎され「ランダバ」として世界的にヒットしてしまいました。

このグループの作曲、演奏は多面的、多彩です。
白血病で夭逝したUlises Hermosaの作曲による叙情的な曲、Gonzalo Hermosaの作曲によるロック調なもの、伝統的な saya、tobas のリズムによる限りなく力強いもの(踊りが加わります)、ケチュア語の力強い歌(munasuq'chay)、などさまざまです。日本の歌謡曲調のものもあります(ave de cristal)。

私がとても気に入っているものは、Elmer Hermosa(エルメール エルモッサ)の歌です。
うまい、カッコイイーです。

YouTube探して紹介しようとしましたが、撮影、録音が下手な物が多いのには困りました。
彼らの30周年の記念コンサートのビデオを入手しましたが、これも下手どころかかなりひどい。
せっかくいい演奏グループなのに。
CDは大丈夫です。
私の好きな曲は、 Al final, Fria,  Necesito un amor, Por un mundo nuevo など。



前列中央がリーダーのGonzalo Hermosa, 後列右がvocal の Elmer Hermosa。
後列左は日本人の宍戸 誠さんです。チャランゴというフォルクローレ演奏に欠かせない、とても重要な楽器を演奏しています。神奈川県足柄上郡松田町の出身です。Los Kjarkasの日本公演ツアーには必ず松田町がはいります。


恋の「終局」をこんな風に歌っちゃうなんて。タキラリのリズムです。

Ves ?              わかったかい
llegamos al final,     ぼくたちは終局に着いた
al final des este amor     ぼくが一生かけて
que yo quise cuidar       守ろうとしたこの愛の終局に
toda una vida entera.
Todo,                           すべて
todo cuanto se dio         捧げられたすべて
por salvar este amor      残ったほんの少しだけでも
de lo poco que queda.    この愛を救おうとして
ah, ah.........                  ああ、ああ・・・・・・

Este amor que al final     この愛を 最後には
lograras olvidar              君は忘れる事が出来るであろう
en cambio yo jamas,       それにひきかえ僕の方は
solo cuando yo mouera.(bis) 死んだらようやく忘れられる。(繰り返し)

El imtentar, el regresar    もとに戻ろうとすることは
son los labios que no he de besar,   もう触れる事の出来ない唇
sera volver a remover      またかき回す事
la cenizas del fuego de ayer.(bis) きのうの燃え尽きた灰を 。(繰り返し)




Munasquechay(愛してる) というタイトルをはじめ、ケチュア語(インカ帝国の公用語だった)の歌です。
この演奏のスタイルは、アウトクトナ音楽(musica auotctona)と呼ばれるもので、農村部に残っている、収穫を祈願する、土着の古いものをいいます。
しかし、Los Kjarkas の Munasquechay は随分ヨーロッパスタイルなんだな、と思います。
若い女性の華やかな衣装、帽子、飾りに御注目下さい。ボリビア独特のものと思いますが、実際の祭の衣装というよりは、プロモーションビデオ撮影用なのではないだろうか。




Amalia Rodrigues の歌(ファド)

アマーリア・ロドリゲスの歌を聞くきっかけは、ちあきなおみ の歌でした。YouTube で 「霧笛」を聴いて驚きました。歌のうまさと、詞のストーリーに。

YouTube ちあきなおみ 霧笛

「霧笛」はアマリア・ロドリゲスのファド「難船 naufragio」をカバーしたものとわかりましたので、元歌を聴いてみようと思いました。全く別物になっていることがわかりました。
ファドと言えばアマーリア・ロドリゲス、くらいは知っておりましたが、興味を持って聴くのはこれが初めてでした。手当たりしだい聴いておりましたが、とくにどうだとは思っていなかったように思います。

事態が変わったのは下のCDを入手したことでした。何度もこのCDを聴いているうちに、アマーリア・ロドリゲスの歌がすっかり好きになってしまいました。飽きずに今でも聴いております。

下のCDは、1986年に来日公演のライブの録音です。編集がいいです。
冒頭の、ポルトガルギター(ギターラと呼ばれます)、普通のギター(ビオラ)、低音用ギター(ビオラ バイシュ)で演奏される「ファドと変奏」(インストルメンタル)がとてもいいのです。それに引き続く彼女の歌も。
彼女が66歳のときの歌です。少ししわがれた声ですが、はりのある、バイタリティのあふれる歌い方です。1999年に亡くなりましたが不世出の歌手と思います。

この人以外に聴きたいと思う歌手は, ちあき なおみ, ヒナマリア・イダルゴ,...... あまりいません。



上のCDには、23曲収録され、歌詞の訳もついていて、とてもお買い得だと思います(現在廃盤)。
「naufragio 難船」、「gaivota かもめ」、「barco negro 暗いはしけ」などが有名ですが、どの歌もいいです。
「coinbra コインブラ (ポルトガルの4月)」は絶品とおもいます。ポルトガルギターの音色、演奏がいい。
私には 「grito 叫び」、「solidado 孤独」、「lagrima 涙」なんかがいいです。

最も好きなのは「lavava no rio lavava 洗濯」です。自叙伝のようなものです。
ビデオでは、一度伴奏を止めさせ、「小さいとき貧しかった」、「この耳飾りはイミテーションだ」などと語り、それから再び歌いだします。

ここでポルトガル語の歌詞を見ながら聴けます。音がよく、ポルトガルギターが2台、ギター1台、低音ギター1台の伴奏のため音の広がりが感じられ、とても気に入って聴いています。

このCDに入っていない歌では、prece(祈り)、procura(求め)をよく聴いています。

作曲の Alain Oulman に本当に感心します。
Amalia Rodriguesの 歌の、かなりの数が Alain Oulman の作曲です。
prece の出だしの旋律、この部分だけでもうこの歌が好きになってしまいました。
Composição: Alain Oulman & Pedro Homem de Melo

Prece

Talvez que eu morra na praia     海辺で死ぬだろう
Cercada em pérfido banho         この体を海の泡におおわれ
Por toda a espuma da praia      
Como um pastor que desmaia    まるで羊たちの真ん中で
No meio do seu rebanho.         溺れて倒れた羊飼いのように

Talvez que eu morra na rua       街角で死ぬだろう
E dê por mim de repente           突然道を失い
Em noite fria e sem luar            月の無い冷たい夜
E mando as pedras da rua        街角の石ころのように
Pisadas por toda a gente.         人々に踏まれて死んでいくだろう

Talvez que eu morra entre grades 鉄格子の中で死ぬだろう
No meio de uma prisão                牢獄に閉じ込められて
Porque o mundo além das grades  外の世界と離れていくだろう
Venha esquecer as saudades       心をむしばむ
Que roem meu coração.              孤独をわすれさせてくれるだろう

Talvez que eu morra de noite      ベッドで死ぬだろう
Onde a morte é natural              そこでの死は自然なこと
As mãos em cruz sobre o peito   胸の上で腕を十字に組んで
Das mãos de Deus tudo aceito    神の手を受け入れて死ぬ
Mas que eu morra em Portugal.   どこでもいいからポルトガルで死なせて


Corri a terra, o mar, o céu azul
Dentro e fora de mim, de norte a sul
O que buscava assim não sabia
Pedia-me mentiras e sorria.

Se passava entre flores ali ficava
E a beijos que me disse me emprestava
Mas nenhuma das flores era a flor
E nenhum dos amores era o amor.

O que buscava assim não sabia
Pedia-me mentiras e sorria
Quantos caminhos andados e perdidos
Nos caminhos mortais dos meus sentidos.

E um dia o da verdade veio a mim
E agora já me dou princípio e fim
Sou toda cicatrizes e cansaços
Mas tenho enfim o abraço dos tens braços.




この歌はファドというべきかどうかわかりませんが、とても好きな歌です。
日本公演のビデオです。上のCDには収録されませんでした。
(詩は韻を踏んでいますね。)

Ai a menina, Don Solidon
Como vai airosa.
Ponha a mão na trança, Don Solidon
Não lhe caia o rosa.

Ai a menina, Don Solidon
Como vai contente.
Ponha a mão na trança, Don Solidon
Não lhe caia o pente.

Ai a menina, Don Solidon
Como vai bonita.
Ponha a mão na trança, Don Solidon
Não lhe caia a fita.

(Ai a menina, Don Solidon
Com o seu laçinho.
Ponha a mão na trança, Don Solidon
Não lhe caia o raminho.)


(musica latina ML51106)
現在このCDが入手可能です。日本公演の録音をそのまま2枚のCDにしたものです。
26曲はいっており、Don Solidonも収録されています。

日本人によるポルトガルギターと普通のギターの duo の演奏があります。
とても素敵な演奏なので是非聴いて見てください。

YouTube  涙  演奏 マリオネット

YouTube  コインブラ (あるいは ポルトガルの四月)演奏 マリオネット

バックの、マカオのポルトガル植民地時代の建物を見たいですね。

ネイティブアメリカンの世界

数年前、南米のフォルクローレの演奏グループから買ったものです。
しばらくぶりに聴いてみましたが、とってもいい!
ケーナなど南米のフォルクローレの演奏楽器と、ドラム、シンセサイザーなどで作られた音楽です。
草原を馬に揺られてゆったり移動しているような、夜のオオカミの遠吠えが聞こえるような、そんな音楽です。
7. PA WAYANKA(ワヤンカへ)は移動中の、男声と女声の掛け合いの歌のように思います。
とても優しい、豊かな世界です。
この音楽の背景であるインディアンの文化が失われようとしていることは本当に残念です。

私が生まれ変われるなら、北米インディアンになりたい、
裸馬に乗って、風を感じながら草原を走りたい、
そんな思いにさせる音楽です。

彼らは都市をつくらなかった。都市生活をしようとしなかった。
彼らは自然を変えようとはしなかった。
彼らは、人間は自然界の特別なものでない、人間もオオカミも同じ、オオカミのように生きればよい、と考えたのではないだろうか。

われらは原子力発電所までつくった。

彼らは文字をもたなかったというかもしれない。
少人数の集団の生活、たくさん物を持たない生活では、文字はいらなかったのではないだろうか。
権利関係を主張するとき、文字は必要になると思う。

Cherokee の人々は文字をつくり、1842年には新聞を発行し、学校を運営しました。
(涙の旅路は1838年でした。)











8月30日記

演奏しているグループは Tupac Peralta と分かりました。
http://www.myspace.com/tupacperalta/photos#!/tupacperalta
上のCDの雰囲気をよく伝えているのは Spirituality, Days Beginning とおもいます。
是非聞いてみてください。

次の曲がアップロードされ、聴けるようになりました。
懐かしいような、何ともいえない音楽です(特に3)。

1.LOVE MOUNTAIN ラブ マウンテン
http://www.youtube.com/watch?v=9Rta2vRkJpI

3.SONQUYMAN フロム マイ ハート
http://www.youtube.com/watch?v=uc-zRYl_Iec

PA WAYANKA 、実は PAWAY ANKA でした。
Paway Anka とは ケチュア語で "飛ぶ鷲"  とわかりました。
上は誤訳でしたね。

下の演奏はALBORADAというペルーのフォルクローレグループのものです。
歌詞は同じですが、上のCDの演奏とは雰囲気がかなり違います。
男声と混声の掛け合いです。
力強い歌になっています。

ALBORADAはケチュア語で歌って大きな支持を得ているようです。
ケチュア語はインカ帝国の公用語、現代ペルーの第2公用語です。
自分たち固有の言語で力強く歌う、これは画期的なこととおもいます。
ケチュア語は日本語と語順が同じ、とどこかで見たことがあります。
ケチュア語に取り組んでみたかった。




これはどこかで聴いた覚えがあるなと思い、上のCDを聴きなおしましたが、それにはありませんでした。
別のCD "The last of Mohicans Songs and dances of the native american" のトップにありました。
ひろく演奏されている旋律のようです。
CD、ビデオの歌詞はケチュア語とわかりました。
女声の歌で聴くと、とても愛らしい曲です。
ケチュア語の歌詞です。
(スペイン語に訳されたものがあるので、そのうち訳をつけてみます。)
Ananau, ananau
nispaniwashkanky
ñuqallapiñam chay ña wiky.
Ananau, ananau
nispaniwashkanky
wiñaypaqchum ñuqa qawasqaiky
May runallam kakuchkanky
kaycunallapy waqanaypaq.
Wañuptyqa ñakawanky
manam munanichu chay pasayta.
Ananahua 月への嘆き

"The last of Mohicans" を聴き直してみて、もっともいいなと思った曲は Aktum Leman (銀狼)でした。
YouTube にありました。
下の曲の 3:44秒あたりから始まります。
力強いリズムがいいです。
車を運転しながら聴いているとサイコー!です。
低音のドラムの音がきこえないと面白くありません。
前半の曲は、サン ファニート(san juanito)という形式のエクアドルのフォルクローレと思います。
Inca's Sprit  Aktum Leman  銀狐

上の前半の曲はこれでした。踊りがついて楽しい!
体の動きがなんば踊りなのです。
Lindo ! すばらしいステージです。
ケチュア語の歌詞がわからないのが残念です。


少し大きな画像の方がきれいです。
Youtube otavalena warmy ALBORADA
(35秒あたりで、男性のダンサーが前、左後ろとステップを踏んだので、女性のダンサーは距離がとれなくなり?合わせられなくなったように見えます。でも、そのあと微笑んで踊っているように見えます。男性のダンサーは身軽でうまいんだけどマイペース。女性のダンサーは、長い、裾の広いスカートに気を配らねばならず、大変なのでしょう。踊りが入ると一段と楽しいステージになりますね。)
サン ファニートについては、この記事が面白いです。
もち サン ファニート
実は私、サン ファニートがかなり好きなのです。
哀調を帯びた旋律の、延々と繰り返すところがいいのです。
少しわかってきました。
Otavalena(オタバレーニャ)とは、オタバロの女性、という意味です。
Otavalo (オタバロ)はエクアドルの首都キトの北方の町です。
インディヘナ(原住民)の民芸品の町として有名です。
夏にインティ ライミ Inti Raymi と呼ばれるインディヘナの祭り、音楽祭がひらかれます。
オタバロの女性たちは、おしゃれで清潔好きで美人です。!
七分袖の白いブラウスが特徴なようです。
YouTube Otavalena mi Ecuador
Aztecaの踊り手の衣装が素晴らしい ! 演奏も素晴らしいです !
2番目の写真の方は、目のまわりがアレルギー反応で腫れています。うーん、どうしたんでしょう。
YouTube San Juanito - "Road to Antigua"
YouTube Otavalo - "San Juanito Irlandes"
この曲はセレステ Celeste (青空) として知っておりました。
日本にいるフォルクローレのグループがよく演奏します。
San Juanito だったのですね。
YouTube Ecuador San Juanito  (Celeste)


私は南米のフォルクローレのグループからケーナを買いました。
練習してみましたが全くうまくなりません。
ケーナをこんな風に力強く吹くのかと、ちょっと感動しました。
トヨス(大型のパンフルート)も力強く吹いています。
グループの名はわかりません。
曲名は White Buffalo です。
上に紹介した曲の演奏の様子がわかる、興味深いビデオと思います。
真ん中の人が吹いているのはケナーチョです。
オクターブ下の音で伴奏しています。
向かって右側の人はサンポーニャと打楽器です。
南米のフォルクローレのグループが、北米インディアンの音楽を演奏する流れがあるのですね。
YouTube Indian Music (White Buffalo)

ALBORADA の White Buffalo もどうぞ。
YouTube White Bufalo - Alborada(HD)


上で紹介したCDは、初め、すべて北米インディアンの曲と思っておりましたが、そうでないんですね。いくつかの曲は北米インディアンのものと思いますが、殆どは北米インディアンの音楽をモチーフにした、南米フォルクローレの演奏なんですね。
北米インディアンに対する親愛とエールを送っているんだと思いますが。

ここから下が真の北米インディアンの曲ということになりましょうか。
でも、西洋の音階、楽器がはいってきますね。

YouTubeをサーフィンしているうちにこの歌に出合いました。
朝に、大地に、感謝する歌です。
歌っているのはリタ・クーリッジ姉妹ともうひとりの女性です。
このビデオに出てくる人たちは、いい顔をしていますね

<object width="420" height="315"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/pXz8QRsxkqo?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/pXz8QRsxkqo?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0" type="application/x-shockwave-flash" width="420" height="315" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object>。









これ、意外にオリジナルに近い演奏かな、とおもいます。Amazing Graceを重ねていますが。


16/04, '14 「アメリカインディアン闘争史 わが魂を聖地に埋めよ bury my heart at wounded knee 」を読んでいるのですが、心にズシンと残る本です。日本人は欧米人に征服されなくてよかった。

下巻にこのような記述がありました(p55)。

"白人のハンターと毛皮商人がいたるところにいて、腐った死骸の放つ悪臭が平原の風をたまらないものにしているし、インディアンとまったく同じように野牛の大群がどしどし狩りたてられているのだと、と彼ら(クワハディ族のインディアン一行)は言った。
(1872年から1874年にかけて殺された370万頭の野牛のうち、インディアンが殺したのはわずかに15万頭にすぎなかった。....)"
 
インディアンにとって、野牛は食料として彼らの生存がかかる大事なものだった。インディアンを兵糧攻めにするために、白人政府側はゲームハンティングを推奨したと思われる。また、野牛を射つためのライフル銃がインディアンにも向けられたのである。

下巻の最後のページに、族長だった老インディアン、レッド クラウドの写真があります。その下に、こういう記述があります。
「彼らは、私が覚えていられないほどたくさんの約束をしたが、そのひとつとして守られなかった。彼らはわれわれの土地を取ると約束し、それを取った。」


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