子宮頸がんワクチン接種に反対

名古屋市 「子宮頸がん予防接種調査」の副反応隠蔽の手口

6月18日、名古屋市より調査結果の結論が撤回された。なぜ、前代未聞の事態が起こったのか。

調査結果を捻じ曲げ、HPVワクチン接種の副反応を隠蔽したウソの結論を発表していたからである。
これは犯罪、スキャンダルである。名古屋市HPVワクチン副反応調査.png

その手口を知る資料がある。下の図に示す速報版.pdfの3頁、「表4生まれた年度 と有症率 (予防接種を受けていない人のみ )」である。この資料はまだ、WEDGE Infinityに残されていた。(これが消されるか見ておこう)

この表4には、常識では"ありえない"ことが2,3ある。(図の上にカーソルをおいて左クリックすると拡大されます。)
1つには、ワクチン接種をしない普通に健康な10代の少女たちの回答で、年長となるほど、 健康な少女にはありえない症状を有する率が上がっていることである。それも一つを除けば、年率7.4〜38.9%と驚くべき増加率なのである。

名古屋市のワクチンを"射たない"21歳の女性たちは、12歳の少女たちより、体調の具合の悪い症状が多い、それも、簡単な計算が出来なくなったとか・・・こんなことがありうるのか。

有症状率の比を、下の折れ線グラフに示す。重なって見難いが、年間増加率の計算を考えるために作ったものである。
グラフで特に飛び出ているのは、19歳(平成8年生)の「21 普通に歩けない」の有症状率の増加(平成12年生まれの少女たちの有症状率の7.32倍)である(紫)。その左の18歳(平成9年生)のそれは0.98倍である。平成8年生まれの少女たちに、一体何が起こったのか。極めて不自然である。
「22 杖や車椅子が必用になった」でも似たようなことがみられる(橙)。

ワクチンを射たなかった、現在普通に学校に通っている健康な少女に名古屋表4増加率.png
このようなことが起こっていることはありえない。
このような"ありえない"データをどう考えたら良いか。
答えは簡単である。

ありえないデータを作って混ぜ込んだ、のである。

さらに、問題の症状を増加率の大きい順に並べてみると、その意図が見えてくる。

 簡単な計算ができなくなった(38.9%) 。
 普通に歩けなくなった(37.9%)
 杖や車椅子が必用になった(30.9%)
 簡単な漢字が思い出せなくなった(29.7%)
 物覚えが悪くなった(29.5%)
 身体が自分の意思に反して動く(22.4%)
 突然力がぬける(20.9%)
 なかなか眠れない(20.0%)
 過呼吸(18.3%)
 視野の異常(17.9%)
 光を異常に眩しく感じる(16.7%)
 身体がだるい(14.2%)
 (以下省略)

上位に来る症状は、すべて子宮頸がんワクチンの深刻な副反応ばかりである。

このように表4は、ウソの結論に持っていくために、用意周到に準備されたものであることが理解されるであろう。

非接種群の有症状率を大きくしておけば、接種群との間での有症状率のオッズ比が小さくできる。そのため「統計学的に有意な差があった」と言えなくなる。そのための"操作"であったのである。そうして、以下のようなウソの結論をデッチ上げたのである。

 "年齢補正を行った結果、今回調査した24項目の症状について、ワクチン接種者に有意多い症状は無かった。"

それでは具体的な捏造の手口はどのようなものか。
アンケートは無記名である。非接種群の回答として、上の症状にチェックを入れた捏造アンケートを混ぜ込めば良い。それほど多数は必要ない。

オッズ比より95%信頼区間を計算してみてわかったのだが、有症状率が小さいと、オッズ比が大きくとも、95%信頼区間の下限がなかなか1を超えず、"有意の増加"の判定にならないクロス集計.png

速報版1頁の「表3.(接種経験あり vs なし)×(症状あり なし)のクロス集計結果」を見ればどれくらい加えられたか想像がつく。それも次第に年長グループに厚くなるようにして"目立たないように"工作してあるのである。
 
WEDGE Infinity および速報版.pdf の在り処は以下です。
 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7148
(気がつくのが半年遅かった)

(7月12日追加) アンケートの回収状況をグラフにした。
9月24~25日、9月28日〜10月2日の部分は他の部分と傾向が違う。他の部分では5日分のデータに共通した構造がある。
この時期に捏造データが混入されたと考える。


受領数の経緯.png

名古屋市の子宮頸がん接種後の健康調査は失敗だった。

名古屋市は、昨年9月、子宮頸がんワクチンを接種した女子生徒を含むすべての10代の女子生徒を対象に、アンケートによる健康調査を行った。対象は70960人で、回収は30793件、43.4%であった。
昨年12月、速報版に以下のような3項目の結論が示された。(以下、◯※も含め原文のまま)

 ◯年齢補正を行った結果、今回調査した24項目の症状について、ワクチン接種者に有意多い症状は無かった。

 ◯逆に、ワクチン接種者に有意に少ない症状もあったが、これはすでに症状のあった方がワクチン接種しなかった結果とも考えられ得るため、ワクチンの影響とは言い切れない。

 ※この結果は統計的な分析であり、個々の事例の因果関係については慎重に判断する必用がある。

1番目の結論は、予想外であるが、ワクチン接種によって増加した症状は一つもなかった、ということである。"年齢補正"から始まるところに引っかかるが、それは2番めの結論に関連する。

2番めの結論は非常に興味深く、よく考えなければならない。名古屋市のワクチンを"接種していない"少女たちでは、"接種した"少女たちに比べ、健康を害していることを示す症状をもつ率が年齢とともに次第に増えていく、という結果になっているのである。

 このことが、子宮頸がんワクチン非接種群を基準に、接種群との症状の頻度の比較するとき、年齢補正が重要となり、"ワクチン接種者に有意多い症状は無かった"という結論になるのである。

 だが、ワクチン非接種の集団において、"健康の障害を意味する症状の項目が年齢とともに次第に増えていく"ということは考えにくく、"一体どうなっているのだ"と問わねばならない。

 ワクチン接種の影響は、この変化をかぶって"検定不能"となっていると考えるべきである。つまり、結論2は、"名古屋市の、子宮頸がんワクチン接種の健康への影響の分析は失敗に終わった"と言っているに等しい。

 したがって、本年6月、上の結論を取り消したことは妥当なのである。(実は副反応を認めたことになる)。市のホームページから速報版.pdf は削除された。現在、整理された「子宮頸がん予防接種調査 回答集計結果」と未加工のデータ(raw data)が示されている。

 これは、分析の手法というよりはアンケート全体の設計に問題があったと考えられる。報告書のタイトルからして、ワクチンの副反応調査という姿勢は感じられない。

 ワクチンの副反応被害は少数しか起こらないので、その少数を拾い上げることに適した手法を考えねばならない。95%信頼区間を計算して見るとわかるのだが、群の中で陽性の率が小さいと、計算式の性質から、95%信頼区間がなかなか1を超えない。

 また、副反応調査が目的であるならば、VAERSを習って、少なくとも、救急受診、入院、障害が残った、とかの項目を入れるべきであった。

 資料をみて、思ったほど副反応は多くない。私の実感も、HPVワクチンを射った女子生徒の大多数は健康を害してはいない。だから、結論としてはよく、「"全体として"、子宮頸がんワクチンには問題ない」とされてきたのである。

 だが、少数だが、ワクチン接種の副反応によると考えられる、日常生活を困難にするほどの重篤な健康被害が起こっていることは間違いのない事実であり、被害を受けた方々が救済を求めていることも、今更言うまでもないことである。

海外では、米国VAERSに報告されただけでも、死亡数が300に迫ろうとしている。

 このような重症な人たちの数を調査し、救済と今後のワクチン政策に生かしていくことがコストをかけたことの見返りであろう。だがワクチンの副反応の結論を取り消し、ウヤムヤにするなら、税金の無駄遣い、市民への裏切りではないのか、とのそしりから逃れられないだろう。

 「年齢補正の実体 - 問題となったワクチン非接種群での有症状率の増加」

 H12年生まれの15歳を基準にして、H6年生まれ21歳までの年率増加率を示すと
1.月経不順    7.4%
2.月経量の異常 8.9%
4.ひどく頭が痛い 9.4%
5。身体がだるい 14.2%
6.すぐ疲れる  11.9%
17.物覚えが悪くなった 25.9%
18.簡単な計算ができなくなった 38.9%
19.簡単な漢字が思い出せなくなった 29.7%
20.身体が自分の意思に反して動く 22.4%
21.普通に歩けなくなった 37.9%
22.杖や車椅子が必用になった  30.9%
23. 突然力が抜ける  20.9%

これらの増加率は、驚くべき大きさであり、ありえない。
この調査と解析がデタラメでないかとの疑いが頭に浮かぶのである。


[以下の分析も「ワクチン非接種群に有症状率が多い」という影響を受けるが一応示してみる]

上に紹介した速報版の結論は、22頁の「2.3 身体の症状と子宮頸がんワクチン接種の有無クロス集計」という表を元にしている。項目20と21を除けば、ワクチン接種の有無で、ほとんどの症状の頻度の違いはない(年齢補なし)
1 月経不順   オッズ比 1.05   95%信頼区間 0.99 - 1.11
2 月経量の異常      1.29         1.17 - 1.43
4 ひどく頭が痛い      1.03        0.95 - 1.11
5 身体がだるい       0.96         0.88 - 1.03
6 すぐ疲れる        1.01        0.94 - 1.10
17 もの覚えが悪くなった   1.27         1.09 - 1.48
18 簡単な計算ができなくなった  1.02       0.79 - 1.33
19 簡単な漢字が思い出せなくなった 0.99      0.83 - 1.18
20 身体が自分の意思に反して動く 1.52      1.13 - 2.04
21 普通に歩けなくなった    1.46       0.90 - 2.35
23 突然力が抜ける      1.25         0.99 - 1.57

下の左の図は、23頁の「2.3.1身体の症状に病院受診と子宮頸がんワクチン接種の有無のクロス集計」である。
ワクチン接種後、下の項目のような症状で、病院を受診していることは非接種群より多いことを示している。(普通ならここでまず、ワクチン接種群と非接種群とでの、病院受診比率のオッズ比を示したいのだが、データが示されていないので今のところ計算出来ない。)
1 月経不順   オッズ比 1.81  95%信頼区間  1.64 - 2.11
2 月経量の異常          1.93      1.57 - 2.11
4 ひどく頭が痛い          1.10     0.96 - 1.26 
5 身体がだるい          1.46    0.96 - 1.26  
6 すぐ疲れる            1.39     0.96 - 1.26
17 もの覚えが悪くなった      1.35     0.75 - 2.41 
18 簡単な計算ができなくなった    2.19    0.75 - 6.42
19 簡単な漢字が思い出せなくなった  2.53    0.87 - 7.31
20 身体が自分の意思に反して動く   1.57     0.87 - 2.84
21 普通に歩けなくなった      1.65     0.90 - 3.05
23 突然力が抜ける        2.03      1.11 - 3.70  

 28頁に、「2.4. 症状の影響と子宮頸がんワクチン接種の有無のクロス集計」を見るべきである。
1 学校での勉強    オッズ比 1.02 95%信頼区間 0.94 - 1.12
2 勉学以外活動       1.03         .93 - 1.16
3 就職、就業         1.70        1.28 - 2.30

「就職、就業」が、今回の調査結果のなかで、数少ない"統計学的に有意"であることに注目してほしい。
HPVワクチン被害者が、高校卒業、就職、進学で大きな壁にぶつかっていることがわかる。
本人だけでなく、家族にも大きな負担と、苦痛、悲しみをを負っていることに想像力を向けてほしい。

子宮頸がんワクチンの副反応の本態は"ASIA"

大崎市医師会報に寄稿したものです。順番に廻ってきます。新潮45は7000字ぐらいで長過ぎるとおもいましたので、かなり短く、1頁分、1300字ぐらいに纏めました。自己免疫と自己炎症を纏める考え方として"ASIA"の考え方を借りました。スキャナーで300dpiで読み取りました。ASIA.jpg

厚労省ー国立感染症研究所の、裏切りのHPVファクトシート

2013年12月23日、このテーマでは3回目の追加改変です。

1.HPVの持続感染が発がんの原因というが
感染HPVの型が変わっている。
HPV_Onuki.png左の図はHPVワクチンファクトシートに採用されている筑波大学婦人科、小貫先生らの論文である。Table 1の子宮頸がん検診正常例と浸潤性子宮頸がんでの高病原性HPV感染の型別分類をグラフ化したものである。
(CIN2-3もあるがそのうち作り直します。色が統一していないので作り直します。)

この図をみると、いかにもHPV16、18型が子宮頸部がんを起こすと考えてしまうであろう


だがちょっと待っていただきたい。
HPV感染が子宮頸部がん発がんの原因説のセントラルドグマ「高病原性HPVの持続感染」からCIN2-3、浸潤がんと進展する、ではなかったか。この図は正常、CIN2-3、浸潤がんの間でHPVの型の分布が違っている。持続感染」というのに、途中で型が変わるのかこれは持続感染でないことを示している
それとも、HPV16,18型以外は持続感染しにくく、排除されやすいというのだろうか。

HPV16、18型に集まっているが、高度異型性CIN2-3、浸潤がんになるとHPV16、81の親和性が高くなることを示しているだけなのではないか。

2.持続感染から子宮頸がんに至るなら、CIN2-3のHPV感染率は100%でなければならない。

Onuki_CIN2-3_ICC.jpg左の図は、小貫先生の論文のTable 2 (A) Women with HPV16 and 18、(B) Women with ICC をグラフにしたものである。高病原性HPVの持続感染以外、高度異型性の原因として想定されていないのであるから、CIN2-3の高度異型性と診断されたものの中からは、高度に高病原性HPV
が検出されなくてはいけない。
実際にはどうか?左の図でわかるように、CIN2-3では高くて50%、低い所では23%(1/4以下!)の感染率でしか無い。

さらに、浸潤型子宮頸がんは、タバコなどその他の原因で発ガンすることが想定されているのであるから、子宮頸がんHPV感染原因説によるならば、
HPV感染率は、CIN2-3 > 浸潤性子宮頸がん でなければなCIN23toICC.pngらない。小貫論文は全く逆であることを示している。

小貫論文の間違いを指摘しているのではない。小貫論文の資料(データ)は事実である。小貫論文は貴重な思考の手がかりを与えてくれているのである。

3。感染率の年齢変化は、正常、CIN2-3、浸潤がんで同じ傾向
HPV_Japan_Onuki.jpg左のグラフは小貫論文のFig.1であるが非常に興味深い。正常な、普通の女性の集団で、HPV感染がどのように推移していくのかを知ることができる。10代には感染率が高く、40〜50代に向かって感染率が"自然に"さがっていく。何かHPV感染を排除する仕組み(免疫)が働いて居ることを示している。
このグラフから次のことが言える。
HPV感染が「性行為」で感染るのでは無い
(そうならば、10代の感染が低く、20〜30代に高くなるはずである。)
子宮頸がん予防ワクチンが不要である





HPV感染の年齢推移.png上のグラフから読み取れる、10代に感染率がたかく年齢とともに下がり、50〜60代に少し上がる、というのは正常例、高度異型性群、浸潤性子宮頸がん群で共通にみらえる傾向である。
左の図はFig.のHPV 16/18 型感染、Table 2(A)、(B) を一つの図に纏めたものである。Fig.1の5歳間隔の年齢区分を10歳間隔に直してあります。Fig.1で見られた感染率の年齢による推移は、3群で共通した傾向であることがわかるであろう。
よく引き合いの出されたこの図の「罹患率」のところは、Fig.1の感染率の推移を表しているものであること理解されよう。(年齢階層の幅が広いことに注意)
また死亡率のグラフは、HPV感染と全く相関しないことが理解されよう。
罹患率と死亡率cervarix.gif繰り返しになるが、
小貫論文の間違いを指摘しているのではない。小貫論文の資料(データ)は貴重な思考の手がかりを与えてくれているのである

4。さらに、出生直後の乳児に高病原性HPV感染がみられるというフィンランドの論文を考慮するならば、子宮頸がんHPV持続感染説は完全に破綻している。

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(2013年7月5日、2回目の追加です。)

左の図は、小貫先生の論文にあったもの、右の図はその論文の表より作成したものである。厚労省-国立感染症研究所のHPVワクチンファクトシートの最大の裏切りは、これらの図と表を紹介しなかったことである。これらの図より、接種対象者でHPV感染がどうなっているか、感染の自然歴を知ることができる。これらの図は、ワクチン接種を強いる者たちには極めて不都合だったのである。

左の図は、何もしなくても30~50代になると、HPV16、18型の感染は10代の八分の一に下がることを示している。これを見て、HPV16,18が子宮頸がんの原因だとか、性行為で感染するとか思う人はいるだろうか。

話はここで終わりにしなければならない。そうしないと、接種推進論者の迷宮に引き込まれてしまう。
たとえば、以下の議論で、10代の女性の例で、「3人にひとりは効くじゃないか。注射したい人はどうするのだ」、という風になる。

左の図より、10代の女性では8人に1人がHPV16、18に感染している。サーバリックスの製品紹介のパンフレットには、「既にHPV感染している者には効かない」という記載がある。つまり、10代の女性では8人に1人は無効、ないしは不必要ということになる。

右の図では15-75歳の女性の結果をまとめたものである。子宮頸がん検診正常の健康な女性では、3.8%の人にHPV16、18の感染が見られる。このような女性の集団に現在のHPVワクチン接種をした場合、そのワクチンが理想的に効いたと仮定して、空色のHPV16、18の感染の部分がなくなる。他の高リスク型HPVの感染は残るので、全体では高リスク型HPVの感染は4分の1しか減らないと予想されるのである(4分の3残る)。

10代の少女にHPVワクチン接種した場合、左の図より、高リスク型HPVの感染は3分の1減ると予想されるのである。(3分の2残る)
。(2013-07-05 追加)
HPV_Japan_Onuki.jpg

HR_HPV_Prev_Onuki.pngーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

新幹線の中で読むものとして、HPV感染についての琉球大学の論文と、「資料3-3 ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンに関するファクトシート(平成22年7月7日版)」を持って出かけた。HPVウイルスの型の分布の図を確かめたいと思ったからである。前者は、はたともこ議員の国会質疑とブログで教えられたものである。

HPV_FactSheet.jpgファクトシートの11頁の26行目、"我が国の子宮頸部細胞診正常女性(3249例)" というところは見覚えのある数字だと思ったが、琉球大学の論文をもとにして書かれているのである。

左の文章をよく読んでいただきたい。子宮頸部細胞診正常女性での、"HPV 型別の頻度は"、というところであるが、ここにHPV16、 HPV18 がでてこないのである。

順位が低いからというだろうが、高病原性HPVの代表とされ、ワクチン接種により感染を抑える対象となっている型であるから省かれるのはおかしい。

少し戻って、28行めは、"HPV陽性率は細胞診正常女性では10.2%、子宮頸がん患者では87.4%であった。"とある。 細胞診をおこなって正常とされた3249例で、333例 (10.2%) にHPVが検出された。これはよい。それでも、左の文章には333(例)という数字は書かれていない。論文を読んでいないとわからないのである。

次に、"HPV型別の頻度は、細胞診正常女性では上位から HPV52  (12.0%)、 HPV51 (8.4%)、..." と続くが、ここで12.0%というのは、333例中の40例ということなのである。ここでも、40(例)という数字は論文を読んでいないとわからない。

さらに、ここでいう頻度というのは、HPV陽性(感染)という事象のなかの、HPV52という構成要素の占める比率 (ratio) のことを言っているのである。琉球大学の論文を読んでいないと、ここの段階での頻度の意味にも気がつかないだろう。

頻度 (frequency) というなら、HPV52 については、1.2% (3249例中の40例) と書くべきだったのである。意図的なのかぼやっとしていたのかわからないが、頻度と比率を混用して、数字の大きい方を記そうとしている。

はたともこ議員は国会の質疑で、頻度に戻って HPV16型、18型につき厚労省に確認した。

このファクトシートに、"HPV型別の頻度は HPV16 (0.5%)、 HPV18 (0.2%)" と記されていたら、議論の方向は完全に違っていたのではないか。HPV16 (4.8%)、 HPV18(1.8%) と記されていたとしても、予想と違うな、随分小さいな、と注意を引いたはずである。

次のページに、図12 日本の「CIN1-3に検出されるHPV」、「子宮頸癌に検出されるHPV」という図が載っている。この2つの図のヒストグラムは、検出されたHPVの型の比率を表しているものである。

子宮頸がん予防ワクチンは、名前のとおり「予防」を目的として接種されるのであるから、すでにHPV感染がおこっているものに接種しても無効である。これはメーカー自身が認めている。

したがって、この図に示されている、「浸潤癌になったもの」、あるいは「ある程度浸潤癌に向かって進行したもの(CIN1-3)は、ワクチン接種の対象ではない。これらの図は、がんやCIN1-3となったものにHPV16、18が多く検出される、ということを示しているに過ぎない。しかし、さんざんHPVが子宮頸がんの原因と聞かされてきたので、この図を見たものには、健康な女性においても同様にHPV16、18の感染の頻度がおおきいのだろうと思ってしまう。

そもそも論に戻ってしまうが、ファクトシートというからには、出発点とし、「普通に暮らしている日本人女性のHPV感染の現状はどうであるか」というところから始めなければならない。

「子宮頸部がんの場合」、「子宮頸部細胞診異常(CIN1-3)の場合」は示されている。

ところが、一番初めに示されるべき、「普通に、健康に過ごしている女性でのHPV感染がどうなっているか」というものが示されていないのである。(ついでに言うなら、ファクトシートの冒頭でなされるべき、「高病原性HPVとはどういうものか」という、定義の議論もないのである。)

検診時正常例.jpg琉球大学医学部の論文にその答えとなるデータがあるのだが、きちんと紹介されていない。。そこで、論文のデータをもとにつくったのが左のヒストグラムである

地域が沖縄とか、年齢が中学生ではないとかの批判はあろうが、このヒストグラムこそが健康な女性のHPV感染の現状を示すものである。

ワクチンによる防御の対象である HPV16 (4.8%)、HPV18 (1.8%) ところを見ていただきたい。この部分こそがワクチン接種で減らせる(無くせる)部分である。残念ながら、合わせても 6.6%、全体の 1/15 でしかない。他の高病原性HPVの型の占める割合が圧倒的に大きい。(この部分、すなわち既に感染がおこっている者にはワクチンが効かないといっている。)

一見して、「他の高病原性HPVはどうするの?」、「このワクチン、意味ないじゃん」と分かってしまうのである。

このような図を示すことは非常に不都合だったのである。

2価のHPVワクチンが非常に優秀なものとして、100%のHPV感染防止の効果があると仮定しよう。健康な100人の女性にHPVワクチンを接種したとして、HPV16、18型の感染防止の効果が期待できるのは何人だろうか。

100人の 6.6%、7人弱‥ではない。細胞診正常でHPV感染が10.2%だから、その1/10の 0.7人弱!なのである。理想的にワクチンが効いたとして、上のグラフから16、18型の部分がなくなる形で、種々のHPV型が分布すると予想される。

ファクトシートで適切な情報が提示されていたならば、この段階でHPVワクチンが不要なものだと判断できたのである。

実際には、このファクトシートは論文の事実を歪曲して伝えようとした。

関心事の HPV16、18型の頻度、比率がきちんと書かれていたら、全く別な方向に議論が進んでいたはずである。子宮頸がんワクチンによる副反応被害で苦しんでいる人は出なかったかもしれない。

わたしは、帰りの新幹線のなかでこの裏切りに気づいたとき、しばし震えが止まらなかった。

このファクトシートを作成した厚労省、国立感染症研究所の責任は重大である。作成者はこの資料の最後のページに記されている。

あなたたちは国家公務員である。国民の利益のために働いているはずである。それともGAVI、WHOのお仲間で、製薬メーカーの利益のために働いているのか。

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ファクトシートに採用されている、筑波大学産婦人科の小貫氏らの論文は大変参考になる。ネットより入手できます。

HPV_japan.pngまず、このグラフは、子宮頸がん細胞診が正常だった人たちのなかでHPV感染が確認された頻度の年齢による推移を示している。

HPV16、18型の感染頻度(青の線)はグラフから読み取ったものだが、15-19歳は12.4%、35-39歳は1.4%。

何もしなくとも下がっていく!

何かしらの免疫が働いている。

ワクチンはいらない!

HC2 Type(緑の線)というのは、まとめて13種の高リスク型HPVを検出する Hybrid Capture 2 (Digene社、アメリカ)というキットを用いて検出されたもの。

HPV 16、18、31、33、35、52、58と、HPV 39、45、51、56、59、68
の2つのグループに分けられて検出されるようだ。



Onuki_CIN2-3_ICC.png


これは小貫論文の表をグラフ化したもの。CIN2-3のHPV16、18の感染率(紺)が40-49、50-59歳の区分では23%とかなり低い。HPV52、58が多いため。ワクチンはこれらのHPVには効かない。

浸潤型子宮頸がん(橙)にはHPV16、18が集まってくる。それも、年齢とともに感染率が下がる。50歳以上は上のグラフとは逆の傾向。どう考えたらよいのか。

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橙のヒスとグラムが、朝日新聞社刊アエラ2013.7.1号、"ワクチン接種大丈夫か"という記事に使われていた。

この記者は、ワクチン接種を「副反応が出たときの手厚い体制」の整備をもってワクチン接種を推進したいと考えている。この記者はイギリス、オーストラリアのHPVワクチンの被害の実態を調べたことはないようだ。当方が翻訳したものを読んでください。とくにララさんのものを読んでください。シャロン・ハンリーは何者。

この記者の意見に反論したい。貴殿はherd immunity( 群れの免疫)で洗脳されたようだが、HPVの感染率を知っているのか。Herd immunity の考えかたがHPV感染に合うのか。そもそも、HPV16、18にしか効かないHPVワクチンがherd immunity の効果をもたらすのか。

Herd immunity の考え方には恐ろしいものが隠されている。社会の防衛を優先するので、ワクチンの被害者がでても仕方がないのだ、という考えである。そのワクチンに有害なものが入っていても調査しないことになるのではないか。

さらにひどい副反応が現れたとき、手厚い体制整備で回復すると考えているのか。本人の苦痛、親の心労はいかなるものか想像したことがあるのか。

記者の方、まずあなたが射ってみることです


副反応が出たらどうにもコントロールできないというのが現実である。
絶対にHPVワクチンは薦めてはならない。




子宮頸がん予防ワクチン"有用論"の崩壊

是非、はたともこ議員の国会の質疑を聴いてください。また、はたともこ議員のブログもみてください。

厚労省側の答弁より、子宮頸がん予防ワクチンが無用であることを認めたようなものです。

これで子宮頸がんワクチンの必要性についての議論に決着がついたと思います。

子宮頸がん予防ワクチンの有用性の議論の、入り口のところで崩壊です!  残るは害ばかり !

はたともこさん、ありがとうございました!!

ただ、このような質疑がおこなわれても、法案が通ったことに唖然としています!!


重要なことがわかった。琉球大学婦人科の論文であるが正常な子宮頸部の粘膜で(ほとんどの女性が該当)HPV16型が検出される率は0.5%、18型が検出される割合は0.2%ということ。これには驚いた。もっと高いと思っていた。もっと早くこの論文を知っておくべきだった。同じ施設の他の論文では、16、18型合わせて 0.32% (13/4078) となっている。

HPV感染がおこっても2年以内に90%が自然に排除される。これは米国CDCのHPにある(上から28行目)。

前日の質疑で、厚労省側から持続感染してCIN3の状態から浸潤がんに移行するのは0.1%~0.5%、という答弁があったことがわかる。(根拠となる論文がまだ確認されていない)。

今回の厚労省側の答弁では、浸潤癌への移行についていろいろな説があると言ってお茶を濁すが、前日の答弁を撤回するとは言わなかった。かわりに、前癌病変でも90%は3年以内に自然消失するということを認めた。

高病原性HPVに感染して、浸潤癌に進展する危険性は3つの段階の確率をもって計算される。

A:健康な一般女性が高病原性HPVに感染している率、上の議論より 0.7% (0.5% + 0.2%)、

B:その感染が持続感染となる率 10 %

C:持続感染から浸潤がんに進展する率、前日の厚労相側の答弁に基づいて 0.1% ~ 0.5%

健康人が "一生のうち" に高病原性HPVに感染して浸潤癌になる確率 P は,

P = A*B*C =0.007 × 0.1 X 0.001 ~ 0.005 = 0.000007 ~ 0.000035  (100万分の7~ 35)

このような非常に小さい危険しかないのに、女子中学生全員にHPVワクチンを射たせるのは無駄である。

日本の人口統計では、10歳の日本人女性は56.4万人、11歳 56.8、 12歳 57.1、 13歳 58.0、... 、20歳 57.9万人である。

ちなみに、20歳をとって計算してみると、 579000 X 0.000007 = 4.053、 579000 X 0.000035 = 20.265。

HPVワクチンが理想的に有効だとしても、4人から20人の発がんを予防するに過ぎない、ということになろう。("一生のうち"という仮定が正しいのだろうか。加齢、年齢分布という確率過程をどうするのかという疑問がのこる)。

table2.png左の表は、サーバリックスの販売促進用のヤラセ論文のなかの、HPV感染から発がんへのシミュレーションの確率係数である。 上の計算で、C に相当するところは、真ん中辺のProgression to invasive cancer(浸潤がんへの進展): CIN3 to Cancer のところである。この数字は他の論文(Natural history of invasive cancer. De Rijke et al.2002, Goldie et al.2004)に基づいているものであるから、ヤラセではない。

Oncogenic(発がん性) HPVの場合: 0.002 - 0.017

Nononcogenic(非発がん性) HPVの場合: 0.008

この数字は、はたともこ議員と厚労省がわとのやりとりのなかで現れた数字と大きくは異なってはいない。

また0.002~0.017 と 0.008 は重なっていて、統計的に差が無いのではないか。HPVを高病原性、発がん性とそうでないのに分けるのは無理と、彼らが認めているようなものである。

そもそも高病原性HPVとは何か? 「正常組織に比べがん組織で検出されることの Odds オッヅ比が 5 以上のもの」、という定義なのである。

上の琉球大学の論文では、16、18型のオッズ比がそれぞれ、534.6、259.2 となっている。また、検出された 18種の型すべてで Odds 比が 5 以上となっている。この定義はおかしいのでないのか。HPVが子宮頸がんを発がんさせたところなど、誰も見ていないのである。

HPVワクチンを射つメリットは全くない。それどころかHPVワクチンの接種により非常に酷い副反応が起こることがのであるから、ワクチンの接種を薦めることは傷害(致死)罪に相当するのでないか。


cervarix.gif

子宮頸がんが増えているというのは、検診(細胞診:顕微鏡で悪性度を判断)の結果、子宮頸がんとされたもの。腫瘍があったわけではない。20歳代の女性が子宮頸がんで亡くなることは殆どゼロである。

一体、検診ってなに

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国家というものを考えてみた。

最悪の国家は下々のものを働かせて絞り取る。国の借金を下々のものに押し付ける。

親をだまし、子供たちを傷つけて儲ける...これは許されないだろう。

ガーダシルの死亡 ー 脳の自己免疫性血管炎

(紹介するのは10頁の長い論文です。しばらく書き直し、書き足しの状態が続きますこと、ご容赦願います。大変重要なことが書いてあります。HPVワクチンの副反応で苦しんでいる方には厳しい現実でもあります。何とか早く対策をとらなくては、と考え不十分ながら紹介いたします。)

Jasmine.jpgAnnabelle.jpgHPVワクチン接種後に突然死なされて、司法解剖、病理解剖された方がたくさんおられます。しかし、その報告は「死因は不明」とされることが殆どです。そこからは、どのようなことが起こって死亡に至ったのか、知識が得られないわけです。

そのなかで、ガーダシルの接種後に亡くなった、ニュージーランドのジャスミン・レナータさん(左、享年19歳)、とカナダのアナベル・モーリンさん(右、享年14歳)の脳の標本の一部がカナダの神経科学者の Lucija Tomljenovic(ルチジャ・トムルジェノヴィチと読むのか)と Christopher A. Shaw の研究室に送られました。そこで、免疫組織化学(染色)的検査(IHC,  immunohistochemical) が行われ、脳の血管で自己免疫性血管炎が起こっていることが示された。亡くなった二人の症状と、VAERSに寄せられたHPVワクチンの副反応記録のなかの脳血管炎とある症例の症状を比較分析してみたという論文です。


論文のタイトル:4価のHPVワクチン接種後の死亡:原因か、あるいは偶然の一致か?
Death after Quadrivalent Human Papillomavirus (HPV) Vaccination: Causal or Coincidental?

Tomljenovic_small.jpg著者:Lucija Tomljenovic 、Christopher A. Shaw

カナダ、ブリティッシュ コロンビア大学眼科、視覚科学の研究者。

抄訳
ガーダシル接種後に副反応の脳の血管炎で死亡したと考えられる2例の脳の標本を、IHC (immunohistochemical 免疫組織化学)の手法で調べた。

2例とも脳の血管にHPV-16L1抗体とHPV-16L1粒子の沈着を認めた。HPV18-L1抗体の沈着は認めなかった。また沈着部には免疫炎症症候群で認められる MMPs (proteolytic matrix metalloproteinases) の上昇が認められた。両例とも血管周囲に出血が認められた。

脳血管炎は見逃されると死につながる重篤なもので、以下のような症状があるときは自己免疫性脳血管炎を疑わなければならない。
1)強い持続的な頭痛、偏頭痛、2)失神、3)ケイレン、4)振るえ、5)突き刺さる痛み、6)筋肉痛、7)運動異常(失調)、8精神症状・認識失調

以上が簡単すぎるかもしれないが論文の抄訳である。

この論文には驚くべきことが書いてある。
Fig-1.jpgIn addition, there was clear evidence of presence of HPV-L1 particles within the cerebral vasculature with some HPV-L1 particles adhering to the blood vessel walls (Figure 1C, 2C, and 2D). In contrast, HPV-18L1 antibodies did not bind to cerebral blood vessels nor any other neural tissues (Figure 1D).

1)脳の血管壁にHPV16型のL1タンパクに対する抗体が付着していた。
2)脳の血管壁にHPV16型のL1タンパクの粒子が付着していた。
3)脳血管壁への抗HPV-18L1抗体の付着や他の組織でこの抗体はみられなかった。

一番の驚き、問題は1)と2)である。
通常、抗原は単球、マクロフェージで内で分解され、抗体産生の免疫学的記憶のみが残ると考えられる。抗原が存在し続けることは無いはずである。ガーダシルの場合、アジュバントの燐酸アルミニウムに吸着されたHPV-L1抗原は単球(免疫細胞)に取り込まれ、リンパ節に流れ込み、脳に移動し、そこで免疫炎症反応をおこし、副反応をおこすと考えられている。

血管にHPV-L1抗原が存在することは、非常に不思議である。HPV-L1抗原(スパイク)は子宮頸部粘膜でなくて血管に非常に親和性がある?HPVウイルスそのものが血管にある?
そうならば、ガーダシルにより抗HPV-L1抗体が大量に過剰に作られるので、血管(内皮)に抗HPV-L1抗体が結合し、そこにリンパ球などの免疫炎症(破壊)細胞が集まり、血管が炎症で破壊される。下のFigure-7,8を見れば血管炎が起こっていることは明らかである。

これだけでも、ガーダシルは非常に危険なものだということが言える。


Fig-78.png血管の内膜、中膜、外膜でも抗原があれば、そこに抗体が付着し、免疫炎症反応となり、血管炎が起こる。その結果、血管が詰まれば脳梗塞、血管が破れれば脳出血がおこる。
よく知られているのが、抗リン脂質抗体症候群である。上のFig.1では血管内壁に付着しているのがHPV16型ウイルスのL1タンパクというのである。もし、このL1タンパクが血管内面に露出しているならば、そこにワクチン接種によって作られた抗体が付着し、免疫炎症反応の結果、血管炎が起こる。全く抗リン脂質症候群と同じことがおこってしまうのである。

脳の標本の血管にまんべんなくHPV16型の"抗原"が付着している、ウイルス様粒子 (virus like particle, VLP) が確認されたということは、どういうことだろう。注射された量は脳の血管内膜に付着が確認出来る位十分な量なのだろうか。

ガーダシルの場合は酵母を使ってVLPを"産生"する。この"産生"の仕組みが体のなかで働いてVLP、あるいはHPVウイルスそのものが作り続けているいるということはないのだろうか?

この論文を正しいと信じ込んでいいのだろうか?
批判を書いているサイトも読んでみた。
批判は1)対照例がない、2)二人の著者は病理学者じゃない、3)症例が少ない、いうことであった。
3)は論文の著者が認めている。
2)は、あまり問題ではない。顕微鏡写真が示してある。
1)は、やはり示すべきだと思う。でも、このような研究をやり続けてきた研究者にとっては、示すほどでない、ということもあろう。

一番の問題は、免疫組織染色時の非特異的反応(結合)で、疑陽性になることのようである。特に血管で起こりやすいという。
それでも、抗HPV18-L1抗体による結合は殆どおこってないので、この部分を対照とできなくもない。また、このことが研究者の技術の高さ、正当性を示しているといえなくもない。
抗リン脂質抗体による免疫結合による染色で、抗リン脂質症候群でないことを示してほしかった。

コ メントの書き込みが面白い。#8 の病理学者の Dangerous Bacon 氏の言っていることは正鵠を射ている。確かに甘いところがある。でも結果は同じゃないのかとおもう。こういうものはキットを使うので、染色、顕鏡だけなら 学生実験でもできる。いい標本をつくる、吸着をコントロールするというところが難しいのであろう。
このブログに220のコメントが有り、炎上に近い。読むのが大変である。

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Ashleigh2.jpgワクチン接種後の脳神経症状は急性散在性脳脊髄炎でおこるとばかり思っていたが、血管炎による脳梗塞も起こっているということを考えねばならない。そして、持続する激しい頭痛は神経痛によるものと考えていたが、血管炎によるものなのかもしれない。

左の写真は、アシュレーさん12歳である
サーバリックスの注射の直後より、眩暈、頭痛、失神に襲われた。状態は悪くなり入院した。両足の感覚が無くなった。約1年入院した。

この写真を見ると、左麻痺が起こっているのがわかる。これはギラン・バレー症候群や急性散在性脳脊髄炎(ADEM)では説明できない。自己免疫性血管炎により脳梗塞がおこったと考えるのが妥当と思う。

2009年9月の時点で、10名の少女の代理人が訴訟を起こしていると書かれている。



子宮頚がん予防ワクチンの副反応被害(慢性期)の分析 ー SLEが発症する

ワクチン接種の副反応はあってはならないものですが、ある程度は必ず起こってしまうのが現実です。また、社会を感染の被害から守るという考えから、ある程度の犠牲は仕方がないという認識になっているようです。(ただし、子宮頸がんの場合、感染が広がって社会を危うくするものではありませんから、この考えに合致するものではありません。)そのためか、慢性期の重症な副反応は、国家補償で救済されればOKとして、発生機序などについては案外検討されない傾向があります。

子宮頸がん予防ワクチン、サーバリックスの、平成24年3月31日までの重篤な副反応の届け出のリストは、資料の2-1の4~23、36~51ページにあります。合わせて1465例になります。発熱、失神寸前の状態、失神、意識消失、痙攣、アナフィラキシーショックなど接種直後の症例が目立ちます。さらに、そのなかに多種の疾患の症例が混在しています。てんかん・痙攣も、注射直後に起こったものと、数時間以上経過してから起こったものでは病態が異なると考えなければなりません。このように、ワクチンの副作用の整理および理解は意外に困難です。


ワクチンの副作用を考える上での重要な論文ーー免疫システムへの負荷が臨界点を越えるとSLEが発症する

このように複雑に見えるワクチンの副反応を考える上で、とても重要な論文があります。SaneVax.org, NaturalNews.comの記事より教えられました。

"Self-Organized Criticality Theory of Autoimmunity(自己免疫の自己臨界点説)"というタイトルの研究論文で、2009年末に英文で発表されたものです。著者は神戸大学の積山賢、宮崎由実、塩沢俊一先生です。自己免疫性疾患、免疫学に関心をお持ちでない方々には解り難い論文と思われます。私もすべて理解出来たわけではありません。幸い、「第3回 神戸大学バイオサイエンス研究会・若手研究者交流会」の演題の抄録に論文の抄録に相当するものがあります(6ー9頁)。大変助かりました。その抄録を紹介します。

「マウスに抗原を繰り返し投与すると、過剰な刺激を受けたCD4+T細胞は、末梢リンパ組織においてT細胞受容体遺伝子の再構成をおこし、自己抗体産生誘導性CD4+T ( autoantibody-inducing CD4+ T; aiCD4+T )細胞になった。また、樹状細胞における抗原のクロスプレゼンテーションにより活性化したCD4+T細胞は、細胞障害性T細胞へと分化し、糸球体腎炎をはじめとする全身性エリトマトーデス(SLE)に酷似した組織障害を引き起こした。このように、免疫システムの安定性には限界点があり、その自己臨界点を超えて過剰な刺激が作用すると免疫システムは破綻し、その結果、膠原病が発症することを見出している。」

実験は、マウスに抗原を繰り返し注射するという単純なものであるため、結果には疑いようがありません。大量な抗原を頻回注射すると、免疫が麻痺すること(anergy)はよく知られた事実です。その現象は、実は、多種の自己抗体がつくられるSLEの状態になる、ということをこの論文は示しています。大変な驚きです。それはシステムの臨界点を超えるとシステムの振る舞いが変ってしまうという、自己臨界点説を示すものだ、ということです。

そして、SLEの発症=免疫システムの破綻、と認識すべき事を示しています。免疫システムは生命を支えるおおきな柱です。破綻に至った免疫システムを戻す手段は、恐らくありません。これは由々しきことです。

autoimmune とは、自動的な免疫という意味ではありません。免疫システムが、自己の抗原となるものに対して抗体を作ってしまい、自己の臓器や組織をターゲットとして攻撃して破壊してしまう状態を自己免疫 autoimmune といいます。これは大変まずい状態です。SLEでは、自身の白血球が自身の
白血球を攻撃貪食してしまいます。それがLE細胞といわれるものです。

免疫システムが自己の抗原を認識したり、攻撃したりしないのは何故か、ということへの説明は、バーネットに提唱されたクローン選択説が定説となっております。免疫のシステムは、初めは遺伝子の組み替えで、無限の種類の抗原に対応する抗体をつくるクローンが作られます。次に抗体自己を認識し攻撃するクローンは取り除かれる、というのがクローン選択説の基本です。
免疫システムへの過剰な負荷で、一挙にあらゆる抗体をつくるという原初の状態に戻ってしまうのでしょうか。

この論文により、ワクチンの慢性期の副反応の分析の見通しが一挙によくなったと思います。
「免疫システムへの負荷が臨界点を越えるとSLEの状態になる」、これががワクチンの慢性期の副反応の main root なのです。

欧米のガーダシル、サーバリックスの犠牲者の記録を翻訳して、急性散在性脳脊髄炎ADEMと全身性エリトマトーデス(SLE, Lupus)を併発している方が沢山みえらえます。オーストラリアの Kristin さん、アメリカの Crissey さん、など。また、日本の子宮頸がん予防ワクチンの副反応リストにも重傷なSLEの症例があります。上の論文は、これらを翻訳したり分析したりしていたときに感じていたものをよく説明致します。ワクチンの副反応の問題についてすべて言い尽くされているように思います。

子宮頸がんワクチンは、サーバリックスにしてもガーダシルにしても、どちらにも強力なアジュバントが加えられており、強力に長期に抗原提示がされるよう設計されています。注射部位の腫れがひどく、長期のこるのはその為です。上の論文を読んだ後では、このような設計が、ヒトの免疫システムにとって如何に不自然で、如何に危険なものであるかが理解されます。絶対に射ってはならないものです。
ひとによっては、一回だけの注射でも、免疫システムへの臨界点を超えることが起こると考えられます。実際そのような例があります。一度ではおこらなくても、2回目、3回目と繰り返し接種されれば臨界点を超えます。そのような事例はガーダシル、サーバリックスの海外の犠牲者の記録を翻訳しているとで何度も出会いました。

副反応の実際

資料1-1の症例一覧の、合わせて1565例は、注射直後の転倒、痙攣、呼吸困難のような急性期の症例が多数入っています。これらの症例は慢性的な副反応には陥らなかったのが大多数とおもいます。このような症例をリストから除いて見直す必要があります。

慢性期の副反応の基本は全身性紅班性狼瘡(SLE, Lupus)であることを頭に置いてリストを見直してみなければなりません。

SLEの臨床症状は多彩で書ききれません。
発熱、全身倦怠、関節炎、筋痛、光線過敏症、蝶形紅斑、落屑を伴う皮疹(紅班)、脱毛、ループス腎炎、精神症状(意識障害、てんかん、けいれん、うつ病)、心のう液貯留、心筋炎、胸膜炎(胸水貯留)、肺臓炎、消化器症状(心窩部不快感、悪心、下痢)、肝炎、リンパ節腫脹、血小板減少症、抗りん脂質抗体症候群(習慣性流産、深部静脈血栓症)。
資料2ー1のリストにある「副反応名」が殆ど挙げられていることに気がつかれると思います。

下に抽出した症例はすべてSLEということになります。それは実際的には役に立たず、やはり症状によって分類せざるをえません。
もっとも社会生活上の困難な問題をおこすのが脳神経障害です。
下の全身性紅班性狼瘡(SLE, Lupus)というのは、項目を立てた症状のないものとなります。

A:は医療機関届出の重篤症例(74)、B:は製造販売業者からの報告597例、C:は医療機関からの報告の非重篤症例(794)から抽出したことを示すものです。

急性散在性脳脊髄炎(76) A: 11, 14, 22, 26, 38, 41, 45, 55, 57, 62, 63, 65, 67,
B:12, 17, 48, 59, 66, 79, 107, 114, 115, 130, 152, 153, 190, 205, 213, 217, 218, 266, 298, 311, 315, (350), 353, 364, 368, 371,372, 382, 383, 386, 387, 385, 386, 412, 442, 443,   470, 483, 485, 495, 509, 515,540, 547, 572, 583, 592, 596, 597
C:4, 32, 50, 174, 251, 328, 343, 383, 422, 486, 487, 532, 573,  602,  

ギラン・バレー症候群 (7) A: 45,  B:152, 344, 566,  C:267, 475, 494,

全身性紅班性狼瘡(SLE, Lupus)関連 (55)  A: 6, 38, 44, 47, 55 , 65,67
 B: 37, 50, 52, 96, 97, 99, 108, 137, 147, 170, 183, 190, 194, 197, 208, 211, 256, 286, 288, 319, 324, 338, 342, 356, 375, 376, 378, 382, 384, 392, 399, 418, 434, 460, 461, 462, 476, 479, 496, 570, ,
C: 1, 137, 140, 428, 597, 749,

若年性リウマチ(スティル病)A:6, B:34, 295

特発性血小板減少症

頭部脱毛 A:56, B:196, 208, 513 C:235, 589,

子宮頸がん予防ワクチンの意識消失、けいれん発作の分析

以下の分析と議論は、5月25日の平成24年度第1回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会、第1回インフルエンザ予防接種後副反応検討会及び第1回子宮頸がん等ワクチン予防接種後副反応検討会 資料 の資料2ー3に基づいています。前回のものは平成23年11月末までの集計であり、今回のものは平成2年3月末までの集計です。この間4ヶ月で、重篤症例数は医療機関届出が65から74(+14%)へ、製造販売業者からの報告が517から597(+15%)へ、医療機関からの報告の非重篤症例は713から794(+11%)と増加しております。

サーバリックスの副反応のなかで、最も問題とされるのが注射時の意識障害、転倒であります。この検討会では、それらは血管迷走神経反射によっておこるという考えで、他の考えは全く検討されておりません。
私は、サーバリックスの注射自体が痙攣発作を誘発している、欠神発作あるいは痙攣発作で体のコントロールを失い転倒し、ケガするとの考えを表明いたしました。

血管迷走神経反射で倒れるのか

まず、血管迷走神経反射で倒れるということは、一体どういうことなのかということを確認しておきます。迷走神経の働きが強くなる(興奮が強くなる)と、脈が少なくなり(徐脈)、と末梢血管が拡がって血圧が下がります。血圧が下がりすぎる(60mmHg以下)と脳に十分な血液と酸素が供給されなくなり、めまいのような気分の悪さを感じ、意識が遠のき、倒れます。同時に顔色が青白くなっています。採血で倒れる場合は採血の終わり頃から2~3分以内でしょう。顔色と表情を見ていると倒れるかどうか予想がつくように思います。
しかし、病院では注射や処置が多数行われていますが、患者さん意識を失って倒れることなど殆どありません。転倒が起こるとしたら、子宮頸がんワクチンの注射くらいしかないのです。それくらい異常なことなのであります

私自身、3回ほど迷走神経反射に陥った経験があります。ケガの処置してもらっていたとき、患者さんの筋生検を見ていたときと下痢の直前でした。生検を見ていたときは立位でした。気分の悪さは自覚しなかったように記憶していますが、壁によりかかっていたので、知らぬ間にズルズルと崩れるように倒れたと記憶しています。頭や顔を打ったりはしませんでした。誘因は、痛みでなく、傷や血を見て気分が悪くなったという情動的な反応だったと思います。
普通は血管迷走 神経反射が起こった場合、気分不快、異常な感じを自覚し、ひざまづいたり、何かに掴まったりする余裕はあると思います。倒れる場合でもその場に崩れるように倒れ、突然前に倒れて歯を折るとか、後ろに倒れて後頭部を打撲するなどということはとても考え難いものです。


資料の2ページの図1「接種から意識消失までの時間(接種後30分までに発現した症例)」をみますと、5分未満の128例に直後(時間不明)の89例も加えますと217例(57%)で5分未満に起こったことになります。5分以降30分未満は140例(37%)となります。
サーバリックの注射の痛みはジワーッと広がるのかどうか分かりませんが、注射が終わって5分以上してから、血管迷走神経反射が始まるというのは考えにくいのです。

資料の4ページの表2「意識消失時の状況・患者の状況(接種後30分までに発現した症例)」の「血圧低下の有無」というところを見ますと、分析対象となった381例中、血圧低下は78例(20.5%)でしか確認されておりません。
convulsion1.jpg
患者が倒れたとき、医師、看護師がいちばん最初にやることは、脈、血圧の確認です。バタバタしていても、30秒以内には血圧は計られていると思います。迷走神経が強く興奮しているかどうかは、脈拍数(心拍数)が最も信頼性が高いのですが、脈拍数の記録が少ないです。あるいは徐脈になっていないのです。倒れた時に心電図モニターを着けた医療機関があったかもしれません。

7ページから 36ページに「サーバリックス接種後に失神に至った症例のうち、転倒等による二次被害に至った症例一覧」として40症例について短く経過が記されていま す。(症例40は1日後のもので誤入力)。低血圧、徐脈が記されているのは少ないのです(2, 6,13, 21, 25, 28, 29, 31, 35)。また、「事象発現前に有痛性/感情刺激の有無:」という質問項目がありますが、殆ど「無」なのです。つまり、痛みが続いて、さらに酷くなって意識 を失う、というのではないのです

読んでいて、私らが経験する血管迷走神経反射で倒れたり意識を失うのとは、随分雰囲気が違うのです。上に述べましたように低血圧の確認されている例が少ないのです。この辺の雰囲気について、61ページにあるガーダシルの転倒例の医師のコメントがとても参考になります。

「注射前から終了までの間に過緊張は認められない。また、痛みも訴えていない。(失神後に聞いても)倒れる直前までニコニコしていたし、他のワクチンや採血時に具合が悪くなったこともない対象者ばかりである」。

以上、注射前の不安や緊張、そして痛みにより血管迷走神経反射で倒れたり意識を失ったりする被接種者はいます。しかし、半数以上は血管迷走神経反射で倒れたと考えるのはそぐわないのである。

転倒、けいれんについて

上に示した4ページ表2をもう一度よく見て頂きたい。「間代運動(痙攣を含む)の有無」という集計では72例(18.9% )も起こっているのです。

間代運動とは手足をピクピクと律動的に動かすこと、いわゆるてんかん発作です。激しく大きく動かせばてんかん大発作とよばれます。


迷走神経反射で倒れ意識を失い、さらにけいれんするという場合を想定するのはかなり困難であります。無理に想定すれば、迷走神経の強い興奮で数秒以上の心臓の収縮の停止(ブロック)がおこり、血圧が下がりけいれんを起こすというものです。このような病態をアダムス・ストークス症候群といいます。心臓が止まっているかどうかは心電図をとらなくても、脈を診たり聴診器で比較的簡単にわかります心室細動によるアダムス・ストークス症候群の想定は行き過ぎとおもいます。

したがって、
4ページの表2の「間代運動(痙攣を含む)の有無」という欄にあらわれているものは、てんかん発作に類するものであるということです。

けいれん・てんかんの発作に硬直性のもの(固まってしまうもの)があります。これとは全く逆に急に全身の力が抜けてしまうもの(欠神発作)もあります

間代運動というのが目立つので分かりやすいのですが、硬直性、弛緩性の発作が集計にのらない可能性があります。発作の持続が非常に短いので捕らえられない可能性があります。倒れて頭を打つのに、1秒の発作で十分でしょう。

「倒れる」ということを考えるときに、症例24の記述が参考になります注射後5分とあります
「接種後、処置室から数歩のところで、失神、硬直し後ろ向きに転倒(失禁、BD82/50)、数分で覚醒(意識清明、悪心、頭痛なし、BD92/54)。後頭部打撲のため、脳外科受診、異常なしの連絡。」BDは、血圧という意味です。「硬直し」というところが注目されます。

つまり、「倒れる」というのは血管迷走神経反射で血圧が下がって倒れるのではなく、一瞬硬直性けいれんがおこって体の自由を失い、棒が倒れるように倒れる、そのため顔面や頭部を打撲してしまうと考えられるのです。

7ページから 36ページのリストで
痙攣を伴っている例は1, 3, 8, 9, 10, 17, 18, 19, 24, 26, 37, 39 です。
特に症例26は血圧低下が認められておらず、無呼吸と記されていることで注目されます。呼吸筋の硬直性けいれんのため無呼吸が起こっているのでないかと考えられるわけです。そうならば、突然死につながる、非常に危険な状態が起こっていると考えなければなりません。症例15にも無呼吸と記されています。


31ページから52ページにかけて「サーバリックス注射後30分以降に失神が発生した症例」として30症例がまとめられています。下痢、生理痛、入浴で血管迷走神経反射がおこり倒れたと思われる例が確かにあります(1, 5, 7, 9, 11, 14, 23, 28)。風邪をひいたときなど、体調が悪いときには失神しやすいことはよく経験することであります。
一方、痙攣を起こしている例もあります(3, 8, 13, 16, 18, 24, 30)。
このまとめは5ページの表4「接種後30分以降に意識消失を発現した症例」になるものと思われます。1日以降23日後まで23人で意識消失発作が起こっていることがわかります。

前回の分析で脳のダメージを疑った症例の経過がこの資料でわかりました。
症例13は、3日めに呼吸停止で発見され、脳波に異常が確認された例です。1月後にもけいれん発作、欠神発作を繰り返していることがわかります。こうなりますと、急性散在性脳脊髄炎ADEMが起こっていると考えなければなりません

5ページの表4で、1日以降に意識消失発作を起こしている症例は、すべてADEMを起こしている可能性大と考えます


症例19は6日後、運動会のリレー練習中で100m走ったところで突然倒れ込んだとあります。心室細動が起こっていたようです。心肺停止の状態が続いたため、低酸素性脳症の傷害が生じ後遺症が残った、会話可能なレベル、介助歩行が可能なレベルまで回復したことがわかります。この症例の場合、ワクチン接種は関係ないとされるのでしょうか。

少数とはいえ、どの症例を読んでも副反応は深刻であり、心が痛みます。61ぺージ以降のガーダシル注射後に倒れて、歯を折ったり顎に裂創を負った症例を読んでみてください。
ワクチンの副反応は人生をメチャメチャにします。ワクチン接種前は健康だったのです。昨年9月1日に自殺した中学生も、不随意運動(ジストニア)と体の動きが自由にならない症状(パーキンソン症候群様症状)があったと書かれています。

このことはあまり問題にされませんが、薬剤を注射してけいれんを起こすなんてあってはならないのです。表の2の「間代運動(痙攣を含む)の有無」の結果だけでも、危険な薬と判断されなければならないのです。どうしてサーバリックス、ガーダシルの場合、看過されるのでしょうか。

サーバリックス、ガーダシルはワクチンと呼べるものではありません。
一刻もはやく、ワクチン接種の中止の指示を出すべきです。

ガーダシルの犠牲者の記録(4)

ワクチンの接種対象年齢(12~13歳)より、また被害を受けたお子さんが具合が悪いために、saneVAXの犠牲者の記録は、母親によって、あるいは母親へのインタビューによって書かれている場合が殆どです。
そのなかに、副反応の被害を受けた方自らが語ったもの、自らが書かれたものがあります。

Taylorさんは、てんかん、けいれんの起こる恐怖、またそれによってもたらされる種々の失望を語っておられます。感情の変化についても語っておられます。

 Crissey さんの場合、痛みのひどさ、感情の変化がわかる貴重なものと思います。また、医師との関係についても書かれており、被害を受けた方の弱い立場を訴えられております。
彼女が、ガーダシルのことを「毒 (toxin)」と表現していることは、犠牲者の感情としては当然だと思います。
私も、「医師が毒を注入している」という現状を認識すべきだと考えております。
国が「毒」を注入するように推めていることは本当に理解に苦しみます。
一刻も早く中止命令を出すべきだと考えております。

Kristin さんの場合、積極的な運動療法と、ヒト免疫グロブリンの点滴注射で症状が改善したということで、翻訳紹介いたしました。 小脳失調の症状が語られており、大変参考になります。


Kirstieさんの記録は、自分の言葉で述べたものではありませんが、ワクチンの副反応の一つの血小板減少性紫斑病(ITP)の例として紹介いたしました。血小板は末梢血管から小さな出血を止めるためのセメントのような役目をします。ワクチンの接種により免疫が混乱し、血小板に抗体を作って破壊してしまうため、出血がおこりやすくなります。文章の終わりの方でわかりますが、軽症になったものの、治癒していないようです。


カースティー(Kirstie)さん、 ニューヨーク州リマ出身

(PDFファイルでお読みいただけます。


Kristie.png

2011年11月22日

カースティの母、シャロンさんによる談話

ガーダシル以前のカースティーの人生は、とても多くの活動に満ちていました。ドッジボール、夏のレクリエーションでのゲーム、サッカー、バスケットボールにソフトボールなど。彼女は音楽にも非常に才能があって、クラリネット、サクソフォン、ウクレレ、ピアノを弾き、学校のコーラスではいつも歌っています。カースティーは積極的にミュージカルの授業と学校の演劇部に参加しています(学校の演劇やミュージカルで主役をしたことがあります)。彼女の夢は、歌を仕事としたり、音楽関係の職業に就くことです。彼女は幅広い興味を持った優等生です。幸いなことに、音楽の面では彼女の人生はガーダシル接種後の健康問題の影響を受けていません。

カースティは2007年4月23日に1回目のワクチン接種をし(当時12歳)、その時は何もおかしなことはありませんでした。その後2-3週間のうちに、大きな黒っぽい痣が腕と足にでき始め、私はそれをサッカーや(彼女はゴールキーパーでした)ラクロスのせいだと思いました。夫は痣のことを心配し始めていましたが、私には何も言いませんでした。5月29日に彼女は2回目の接種を受けました。この時もあったのは痣だけでした。6月17日、彼女にとって2回目の月経が始まり、10日続きました。6月18日、私は連鎖球菌咽頭炎の検査のために彼女を医者に連れて行きましたが、結果は陰性でした。ナース・プラクティショナー(一定レベルの診断や治療などを行うことができる上級の看護師)は痣についてコメントし、カースティがスポーツをすることを言いました―彼女は痣については心配していませんでした。

6月29日に遊園地にいた時、カースティは膣から出血し始め、それが2時間続きました。出血は止まりましたが、翌日また始まり、2時間ずっと出血が続きました。7月2日の月曜日、私は彼女をかかりつけの小児科医院に連れていき、そこで血小板数が非常に低い(18,000)ことがわかりました。私達は、直ちに小児血液専門医に診てもらうために病院へ送られ、そこで彼女は特発性血小板減少性紫斑病(ITP)だと言われました。

カースティはHPVワクチンをした以外に変わったことはしていないと私が言うと、医師は、その月に自分の孫娘が1回目を受ける予定だから、これはちょっと考えなくてはならないといいました。ワクチンが娘のITPの原因である可能性が確かにあることを彼が述べたのはこの時だけです。ITPの原因は誰にもわからず、またITPはウィルスによって起こることがあると考えられていたので、この時カースティがウィルスに感染していると診断されたことで、原因はワクチンではないと医学の専門家が考えるには十分でした。けれど、そのウィルスは、もしそれが存在したとしても、カースティが接種を受ける前には現れなかったのです。

その年の夏はずっとカースティの血小板数は下がり続け、7月末に彼女は血小板数のレベルを正常値に上昇させる治療を受けました。治療は30日ほど続き、その後の血小板数は数か月間低い値でした。ITPのせいでカースティはサッカー、バスケットボール、ソフトボールのシーズンをいくつも逃しました。去年(2010年)は彼女は全てのシーズンに参加できませんでした。現在の血小板数は低すぎてスポーツはできません。彼女は鼻血が出たり、極端な痣や出血に苦しんではいないので、彼女の状態は私達が血小板数を検査しなければわかりません。

私達はラッキーでした。2010年の春、彼女は伝染性単核球症(EBウィルス感染症)にかかったのですが、彼女の血小板数はそれほど下がらず、早く治りました。カースティはITPで体調が悪いわけではないのです。ITPが影響するのは本当に、相手の体に接触するスポーツをするときだけなのですが、それは彼女の人生の大きな部分なのです。私達はもちろん、彼女の状態がよくなり、健康に戻り、好きなこと全てをまたできるようになることを願っています。

(REFLEX Corp. (名古屋) 様 に翻訳していただきました。感謝申しあげます。)



インディアナ州、テイラーさん

Taylor.pngインディアナ州、テイラーさん:

テイラーさんは第一回のガーダシル接種からわずか3週間で発作を起こし始めました。添付文書には、ガーダシルの投与によって重篤なアレルギー反応を起こした場合、一連の接種を中止するべきであると明確に書かれています。ある人にそれまで一度もなかった発作が起きたとしたら、重篤なアレルギー反応の兆候だと考えるでしょう。それにもかかわらず、彼女の医師は一連の全ての接種を続けたのです。


ここにあるのは彼女自身が語った談話です。

「07年の8月の終わり、私はガーダシルの予防接種を受けました。ほら、子宮頸がんを予防するための予防接種で、コマーシャルでいつも最後に'one less'(1人減る被害者)って言って終わるやつ。残念ながら、私は結局、1人増えた被害者になっちゃった。1回目の予防接種を受けた後、3週間くらい後で私の最初の発作があったの。そこからだんだん、悪くなっていった。

お医者さんは、この予防接種が私の異常の原因になっていることはありえないって私たちに言ったから、当然、それを信じて、私は後の2回の注射をしたの。それなのに、症状はだんだん悪くなっていった。そして今、3年半以上経ったけど、私はまだ異常が残ったまま。

発作が最初に起こったのは私が13歳の時。どんなに恐ろしかったか、まだ覚えてる。ちょうどクロスカントリーのレースを終えたところで、しかも結果は私のシーズンベスト記録の1つ。突然、すごくめまいがし、体が震えた。数秒間気を失ってて、それからベンチに座るために中に入ったの。突然、私はガタガタ震え始めて止まらなくなった。

起こったことは全部詳しく思い出せる ー もう2年半前以上も前のことだけど。女の人が来て、私の体に腕を回し、励まして、話しかけてくれた。全然知らない人だったけど、親切に私のところに来て助けてくれた。

私がどれほど怖かったか、まるで想像がつかないでしょうね。でも大会の後で両親に話したら、何とか怖さを払いのけてくれた。その時は、ただ、ものすごくハードに走ったからだと思ったんだけど。これは2007年の9月8日のことでした。

発作が始まってから2年半くらい経ったころ、友達の1人でキャリーと言う名前の子も発作を起こし始めたの。キャリーは私と同じユースグループで、1回目の予防接種を受けたところだった。彼女の発作はものすごくて、本当に、腫れるまで手首を打ち付けてた。

いろんなことがすべてつじつまが合い、わかってきたの。私たちはどちらも、注射を受けてから2週間後に発作を起こした。私たちはどちらも全く同じ経験をしていた。でも一番の運命の皮肉は(前にも言ったけど)私たちは同じユースグループにいたこと。こんなことが起こる確率って、百万分の一くらいじゃない?だから私のママは、キャリーのママと一緒に、広い範囲の調査を始めたの。思った通り、ママたちが見つけたことはすべて私たちの話を裏付けました。

私は感情の起伏がとても激しくなっています。1週間何も異常がないかと思うと、次の週は発作が10回起きたりする。ソフトボールの試合でシーズンベストのヒットを打ったと思えば、外野で発作が起きて膝をくじいたり―それで私のソフトボールシーズンは終わりで、それっきり2年経っちゃった。

今年はトライアウトのことを話したり、次の試合のことで興奮している子たちみんなを見てつらかった。私にはできないってわかってたから。マネージャーにさえなれない。そりゃ、試合には行けるけど、チームの一員として行くのとは絶対に同じじゃないし。大好きだったことをあきらめるのは、たぶん、私が耐える体の痛みよりもつらいことだと思う。」


テイラーさんはこれまで長く苦痛に満ちた日々を送ってきました。彼女の発作は予想することができません。時には何か月も発作がないかと思えば、その後ですさまじい発作がぶり返したりします。もう、大好きだった活動の多くは参加する事ができません。

ガーダシルを接種して3年半経った後でも、彼女にはまだ極度の偏頭痛があります。彼女は新しいアレルギーができました―グルテン、乳製品、カゼイン、砂糖、大豆、人工香味料、加工食品、等々...ガーダシルを受ける前は、彼女はオールAの優等生でした。今はそうではありません。

テイラーさんは、ガーダシルが、人生で最良であるべきであった数年を自分から奪ったと思っています。

テイラーさんだけではありません。2010年12月現在、ワクチン有害事象報告制度(VAERS)では、942件のガーダシル接種後の発作または痙攣の報告があります。

少なくとも20年経たなければ子宮頸がんの発症率を減少させると証明できないようなワクチンを、健康な若い少女たちに集団接種することを、医療の専門家たちは一体どう正当化できるのでしょうか?アメリカでは子宮がん検診や適切な経過観察によって、発作を起こすことなく、安全で効果的に、子宮頸がんを減らすことができるというのに。

医療を受ける側は、病気を抑制する安全で効果的な方法が利用できる場合には、危険性を許容するべきではありません。全てのワクチンにはいくらかの危険性が伴います。子宮がん検診で死んだ人は1人もいません。

(REFLEX Corp. (名古屋) 様 に翻訳していただきました。感謝申しあげます。)

("ガーダシルを受ける前には、彼女はオールAの生徒でした。今はそうではありません。"というところに注目しなければなりません。単にけいれん発作で学習に集中できないのではなくて、ワクチンの副反応の脳炎によりダメージを受け、学習、記憶能力が低下していると考えなければならないでしょう。似たような記述は、ジャスミンさん、サミさんにありました。下のクリシーさんにもあります。管理人)


サラさん、ユタ州

Sarah.png19歳の時のサラさんはすべてが順調でした。彼女はブリガム・ヤング大学へ全額給付の奨学金で通い、社会福祉を専攻し、副専攻で女性学を取っていました。学業面での才能に加え、彼女は何年もダンスをしていました。彼女は申し分なく健康で、喫煙や飲酒をしたこともなく、健康的な食事をし、日頃から運動をしていました。彼女は男性経験もありませんでした。つまり、彼女が子宮頸がんになるリスクは極めて小さかったのです。

彼女は大学でHPV 感染の潜在的リスクとガーダシルの予防接種のメリットを説明したHPVパンフレットを受け取りました。そのパンフレットに記載されていたガーダシルの副作用は、接種場所の痛み、発赤、それからおそらく失神だけでした。サラさんが内科医で年1回の健康診断を受けた時、医師は、彼女の履歴やライフスタイルから子宮頸がんの潜在的リスクは非常に低いにもかかわらず、サラさんにはガーダシルが必要であると断固として主張しました。サラさんは、家族に子宮頸がんの病歴はなかったのですが、医師の助言に従いました。1回目の注射では、痛みが強かったのですが、その後これといった副反応はありませんでした。

2007年1月、2回目の注射を受けた時、その後どんな事が起こるかサラさんには全く見当もつきませんでした。サラさんは季節性のインフルエンザワクチンと同時に2回目のガーダシルの投与を受けました。
1週間後、サラさんが目覚めたとき、彼女は痛みで動くことができませんでした。彼女はベッドから起き上がることができませんでした。4時間後、ルームメイトが彼女を見つけ、彼女は病院に担ぎ込まれました。それは、彼女がそれ以来ずっと体験してきた事の始まりに過ぎなかったのです。
サラさんは今、免疫システムに重大な障害があります。彼女の白血球数はほとんどゼロにまで低下しました。内科医の言葉によると、彼女の免疫システムはほぼ根こそぎ破壊されているということです。彼女は慢性的な疲労に加えて重度の慢性的な痛みをかかえています。サラさんは、以前は問題は一切なかったのに、あらゆる薬剤に対して極度に敏感になっています。全く寝たきりで何もできなくなったことが何回もあります。
彼女にガーダシルの副作用が生じたと担当医師たちが認識するまで3ヶ月かかりました。彼らは直ちにVAERS(ワクチン有害事象報告制度)に報告書を提出しました。彼らはまたメルク社に連絡を取ろうと1年以上試みましたが、できませんでした。電話は全く無視されました。
この話のおまけは、障害の原因がワクチンの被害であると断定されるや否や、インターマウンテン・ヘルスケア(IHC)1)は、彼女の症状が彼らのクリニックの1つで投与されたワクチンによる副反応により起きたことに対して一切責任を負ったり認めたりしないことでした。ヒポクラテスの誓い2)なんてこんなものです。
サラさんはまるで他人の体の中で生きているように感じています。毎日、目覚めると、自分はいつか普通の体に戻ることがあるのだろうかと思います。
ガーダシル接種後のこれだけの体の不調にもかかわらず、サラさんはクラスの卒業生総代として大学を卒業し、現在は修士課程に入り、研究助手として働いています。サラさんは、ガーダシルの副反応に負けず、この世から「1人減る」3)ことにならなかったもう1人の若い女性です。

訳注:
1) アメリカの大手医療サービス機関。
2) 医学校で行われる医師の倫理に関する宣言
3) 原文one less。 ガーダシルのテレビコマーシャルでは、この言葉が繰り返され、1人の少女の接種により子宮頸がんの被害者が「1人減る」ことを謳っている。

(翻訳協力:REFLEX Corp. 名古屋 様)



クリッシーさん 27歳 ノースカロライナ州

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Crissey.pngCrissey D Meeks

私の名はクリッシー ミークス、27歳です。ガーダシル注射後の不可解な症状を持っている、沢山の10代の少女がいることは知っています。私の経験を、この少女たちと世界とで共有してもらいたいと思いました。みなさん、医師、両親、政治家の人たちに、毎日毎日、罪の無い犠牲者に毒が注入されているという現実に目覚めてもらう必要があります。(People, doctors, parents, and politicians need to be aware of the toxins they are pumping into innocent victims on a daily basis.)。ガーダシルが注射される前は、私は完全に普通で、若く、精力的な、活力みなぎる女性でした。それは、自分の生活を愛し、十二分に生きていたということです。私は典型的な(21歳を超えた)成人で、とても社交的で、外に出かけ、とても活動的でした。きっかけはPAP(子宮頸がん検診)で異常だったことでした。私の産婦人科医師はコルポスコピーをやり、処置が施されました。婦人科医に結果を聞きにいったとき、HPVワクチン接種を受けておくことはとても利益がある、と語られたことでした。あなたも知っているように、彼女(医師)は、耳によいことばかり告げられました。どのように子宮頸がんを予防し、それは(がんから)自由になることで、基本的に勝利で、勝利の状況であると。

私はパンフレットを読み、人生で最悪の決定をしました。2007年5月11日、第一回目の注射を打ちました。それが腕に入るや否や、焼けるような感覚が腕から体に突き抜けるのを感じました。注射のあと、診療所をあとにし、仕事に戻りました。右腕はとても痛み、でも、腫れたり痛むのは普通のことと見なしていました。そのあと、私の人生が変わるなんて殆ど知りませんでした。私の右半身は一週間以上ひどく痛みました。右腕の注射部位に、しこりが出来ていました。

まだ、それは正常な反応だと考えて、気にしなくなりました。2007年6月8日ごろから、少し変な気分がしてきました。正確には説明できません。胃が痛く、一日中チクチクと痛く:でも私はやっていることをやり続けました。兄弟がインドにに出発するので、9日に私の家に集まってお別れ会を行う計画していました。

何もかも慌ただしく走り回らなければなりませんでした。土曜日の朝、すべての準備を始めなければなりませんでした。私は恐怖感を感じ、あまりに痛く立ってられない程でした。とても腹が痛み、金曜日の朝から何も食べていませんでした。食欲がありませんでした。家族、友人が集まり始めました。食べ物がふんだんでした。何も食べる気になりませんでした。妹が私が食べないことに気がつきましたが、おなかがすいてないと言いました。

私は疲れて、ひどく痛んでました。次の日の朝はもっと悪くなっていましたが、日曜日なので、教会へ行くのが日課となっていました。私はこのときのことを昨日の様に覚えています。赤の袖無しのサマードレスを着て、教会へ向かいました。私の車のギアは5速で、運転して死ぬところでした。いたる所が痛くなり、うつむいて運転していました。私の頭、目、腕、脚、腹があたかもバラバラになって落ちていく感じでした。教会の椅子に座っていてもとても苦しく、バスケットのなかの捧げ物を取り出せませんでした。教会をあとにし、私たちがいつも教会の後に集まるように、母の家にいきました。母は好物のローストとレモンケーキをつくってくれましたが、だれにも一言も声をかけず、私は痛いだけで、椅子に座っていました。誰にも私をかわいそうだと思って欲しくないので、誰にも私具合が悪いことを知られたくありませんでした。私は30分母の家に滞在して、ちょっと外に出て、あとにしました。帰るとき、さよならも言わず、何もせずに、帰りました、まわりに人がいて欲しくなかったのです。そして家でひとりになると、泣きました。

ドレスを脱ぐことすら出来ませんでした。ついに夜十時頃、母に電話し、どんなに具合が悪いかを話しました。母は、兄弟を呼んで私をERに連れて行こうかと言いました。しかし、そこに行ったとなると、必ず病院に連れて行かれます。私は長椅子に横になり、泣きました。

次の日の朝、痛みのまま仕事に出かけました。同じように具合が悪いのですが、自分自身を押して行かせました。机によりかかって座り、めまいがし、ゴミのように感じていました。30分いたと思います。家庭医に電話し、その日に来るように言われました。診察室につきましたが、彼らは真に何が悪いかわかっていませんでした。彼らは何か少しでも楽になることをしてくれるだろうと思っていましたが、不幸にしてそうではありませんでした。採血して、その週は仕事を休めといわれました。結果を聞きに行きましたが、専門医(リウマチ専門医)のところへ行けといわれましたので、そうしました。彼らは全く同じく、検査をし採血しました。もう一週間仕事を休みました。結果が出ると、彼らはLupus(全身性紅斑性狼瘡)だといいました。私は、それは私の問題だと考え(ワクチンのせだと考えなかった)、それを受け入れました。医者はいまの状態はコントロール可能(よくなる)といいました。

2007年7月19日、婦人科医のところにいき、2回目の注射をしました。まだ忘れられないのですが、最初具合が悪かったのはこのせいでした。実際、同様な症状があり、今でも、これらの震えがあります。今まで人生でこんなことは決してありませんでした。ある程度の時間をおいて、腕、脚が震え始めました。こんなことは正常ではないのですが、私はまだ無視していました。いまだに、関節痛、筋肉痛、頭痛、羞明がありますが、私は私の生活を続けようとしています。私は活動的でなく、何もしたくなく、何についても文句ばかりを言っていました。私の態度はすっかり変わりました。些細なことを忘れ、いつも怒っているように見えました。

2007年10月18日、3回目の注射。婦人科医師は夏休みで、看護婦がかわりに注射しました。ガーダシルを一方の腕に、デポをもう片方の腕に注射しました。2つを同時に射つなんてクレージーだと思いました。しかし、私は患者です。(私のような場合)一つ以上のワクチンを同時に打つのは駄目だと考えらていることは、知りませんでした。なので、今では両腕が痛みます。それでもまだ、私は決して事態を理解しようとしませんでした。

2008年12月です。私はまだ同じことをしていますが、悪くなり始めました。Lupus のせいだと思い、毎日痛みますので、医者のところへ再びいって、助言をもとめました。薬か効かず、毎日ホットバスに入っています。何をやっても疲れた感じになり、フックが外れた感じです。背中が痛み、首が痛み、振るえ、チクチクし、頭痛がし、めまいの発作があります。しかし、医者のところへいき、いろいろな検査をし、X線写真をとりました。結果を聞きに行くと、白血球が少ないこと以外は正常だといわれました。胸の写真になにかありましたので、胸のCT検査をうけましたが、何も見いだせませんでした。医師のところへ戻され、筋肉の酵素の検査をしましたが、それは高値を示し、筋肉に炎症があることを示しています。白血球数は正常になり、血清鉄は少し少なめでした。それで、鉄剤を服用しています。太陽の光のもとで、すべてのテストしました。ワクチンを始めたとき、月経周期が変わり、この一年、月経がきておりません。
2008年9月以来、私の月経サイクルはメチャクチャになりました。私には怒りの感情がこみあげ、ときどき自分でコントロールできません。2007年11月5日以前の自分と、人格がすっかり変わったようです。私は誰にでも怒りを爆発させていました。誰も、私の怒りの対象から例外はありませんでした。あるとき、自分はクレージーだと思いました。私は以前のクリッシーにもどりたいだけで、毎日頑張っているだけなのです。ときどき一人ぼっちに感じました。私には何かがおかしいとわかっていますが、医者たちに、ワクチンが原因だと認めさせられないとき、次はどこに行けば良いのでしょう。何をしたらよいのでしょう? そんなに大たいしたものではなかったけど、人生においては、私はかつては幸福だったのです。

今は、鬱病のようです、それから抜けだせません。心配やストレスは、ときに、ものすごいものです。

2009年2月19日、今は、いろんなことで定期的に医者を訪れています。いまは数箇所の医師を訪れています。私はあれやこれやと診断されています。あれこれ薬を飲んでいます。注射の前は私は健康で、医学的問題なんか無くて、とても活動的でした。今は、私はすっかり別人になってしまいました。、膵炎と診断されています。胃と小腸に潰瘍があります。物事を忘れてしまうとき、記憶が飛んでいます。腸が永いこと動かず、食べたものが消化されません。超音波断層検査、MRIの検査を受けました。私には9歳の娘がおり、成長するのを見たいので自分を奮い立たせています。娘を見るとき、頑張れるのです。

(管理人、訳者の意見:全文を訳しました。怒りっぽくなるという感情的な変化は、亡くなったニュージーランドの Jasmine さんにもみられ、副反応の症状の一つとして理解しておく必要があるようです。)




クリスティンさん  28歳 ニューキャッスル、オーストラリア

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Kristin.pngまとめ:私の名前はクリスティンです。28歳で、オーストラリアのニュー キャッスルに住んでいます。3年前、3回のうちの2回、ガーダシルの注射を受けました。これらの注射にひき続いて、無数の健康上の問題を堪え忍んできました。私の免疫系と神経系は"食べ尽くされ"ました。すなわち、神経を取り囲むミエリン鞘は融解し、私の白血球は白血球自身を攻撃し、小脳機能がスイッチで切り離されました。話すこと、歩くこと、、書くこと、食べることができませんでした。よく体が震えていました。私はADEMであると考えられ、12ヶ月間、免疫グロブリンの静脈内投与を受けました。自分の知っているようなかつての体の一部でも取り戻そうとして、痛みを伴うリハビリテーションや広範囲の運動を行いました。早いもので3年経ちますが、それはやる価値がありました。ほとんどの機能が回復しています。出来ないことが沢山ありますが、これらをとり戻すと決めています。最近、教育学の修士号課程(二次)を完了しましたし、、最も重要なんですが、小脳機能のスイッチが再びつながったのです。

これは奇跡であり、私の医師は唖然としました。 本当に、誰が脳の不可逆的損傷から回復したでしょうか!

私に出来ることはあなたにも出来ます。自分がそうあらねばならないと考えるまでは、自分がどんなに強いか分かりません。私が最悪だったとき、2つの選択肢がありました:おぼれるか泳ぐかです。泳ぐことを選択しましょう。あなたの人生をコントロールし、あなたがどんなに素晴らしいか皆さんに示しましょう。あなたの話を信じる医学の専門家を得てください、素晴らしい友人や家族に囲まれてください、さらに私の場合には、信仰を持って神を信頼したことは回復には不可欠でしたし、今でもそうです。

トンネルの終わりには - 列車でなくて - 光があります!あなたが誰かに話をしたい場合には、Facebookに私(Kristin ******)を追加したり、kristinclulow@*********宛てに私にメールしてください。

クリスティンのオリジナルな話:まず初めに、免責を述べなければなりませんが、ここはガーダシルの犠牲者に捧げらえたウェブサイトでありますが、私の種々の症状を直接的にワクチンと結びつける証明はありませんが、個人的な広範な調査および、高度に勉強した医学専門家は、一つの引き金としてガーダシルを指摘しております。

私は26歳です。 2008年の5月と8月 - ガーダシルを2回注射しました。この時から、私の人生が変わりました。病気になる前には、4つの異なる仕事をし(週あたり100時間超) -  ビジネス開発/マーケティング/イベントの領域のトップの会計事務所で働いていました、舞台芸術学校(450人以上のクラスの入学者)を管理し、新聞販売店の顧客サービス小売り部門で働き、納税申告書の準備をしていました。いつでも仕事の間を走り回っていました。 - でもそれが好きでした。21歳のとき最初の家を買い、それを改修し、もう一つの家、さらに3階建てビルを買いました。いつも次のプロジェクトを探して、絶えず活動的でした。ビジネスの学士号(労使関係/人事·管理の2つのメジャー)を持っていて、他の様々なコースも完了していました。職場の同僚や上司から高く評価され、常に優れた労働者であると考えられていました。音楽の能力と芸術的の能力にかなり優れていました。ピアノでは最後の段階まで進み、音楽の研究を終了し、指導資格を取得する計画でした。元気で健康的で、ほとんどのものに参加するおてんば娘でした。酒をのみませんし、たばこも吸いませんし、薬物もやりませんし、体に害を及ぼす可能性のあるようなものも摂りませんでした。肥満でありません(55kg程度)。外出、スポーツを好み、友人とは社交的でした。とにかく外向的で社交的でした。

2008年3月、最初のワクチン注射の2ヶ月前ですが、結婚が破綻しましたが、それはストレスの原因となり、免疫の低下につながり、免疫に衝撃を与えたと思います。引越をし、新しい職につき、新しく見いだした独り暮らしを楽しんでいました。5月に最初の注射しました。2週間後、空手で転び、左足の骨を折りました(準備運動でうさぎ跳びをやっていたときです)。ここで指摘しておかねばならないのですが、私は極めてタフで、骨折したり怪我したりすることはそんなにありませんでした。というのは、一週間前、練習してましたが、ひじの擦り傷から出血していたあとも練習を続けていたくらいですから。骨折したとは思いませんでしたが、次の日の朝、ミーティングに出なければならなかったので、うまくバンソコーするのがベストと考えていました。

足の小指の骨を骨折していました。6週間ムーンブート(防寒用の大きな靴)と松葉杖と、6週間の安静と昇進(なんとうまい言い方でしょう!)に縛り付けられました。でもそれはおこりませんでした。資産運用会社の責任者の執行助手として、来週から新しい仕事を始めることになっておりましたので、痛み止めに頼って生活し、大概の夜は外出していました。6月にタイに出かけなければなりませんでしたが、キャンセルしました。

私は、この時点では何一つガーダシルと関連づけることはせず、不器用になったのだと見なしていました。2008年8月に2回目の注射をし、間もなく松葉杖がいらなくなりました。9月に(父の日の週の週末、注射から4週間後)、目が見えなくなりました。木曜日の夜、目が痛みはじめ、コンタクトレンズを外し、めがねをつけました。金曜日にはさらに悪くなり、赤くなり、視力はさらに悪くなり、眼科へいきましたが、眼科医はコンタクトレンズが角膜の表面をはがしたのだろうということでした。考えてみてください、こんなことは後にも先にも決して起こったことはなかったのです。点眼薬と軟膏を処方され、週末は見ないようにといわれました。私としては、次の日、新聞販売店で働かねばならず、車を30分運転していくと(馬鹿な考えだったのですが)、バカだ、家に帰って休めといわれました。目はとても痛かったのでそうしました。後に、失明したかもしれないと言われました。目は治り、きれいになりました。いろいろなことが徐々に起こり始めました。具合わるく感じ始め、- つわりに似ている(そう思います) -、一日中吐き気がしました。食べ物をみると、食べなければと思っても、毎晩吐いてしまいました。とっても疲労していても、眠れませんでした。吐きながら、うたた寝したり目覚めたりでした。私は食べることが好きで、 - 大食漢ではないんですよ - そんな感じでした。体にはにバグがあると考えて、すぐ取り除けるだろうと考えていました。医者(ガーダシルの注射したところと同じ)に行き、神経が挟まったのだろう、直るだろうといわれました。

ここで指摘したいのですが、私は、離婚のこと、その後に起こったこと、足の骨を折ったことを一般医に話しており、注射の前にこういうことを知っていたはずですが、それでも注射をしました - そして、副作用の可能性については警告しませんでした。私は、足のために理学療のところに行き、バランスと協調運動を回復していました。自分で、なぜ壺から玉をとりだし、また元に戻したのか、わかりません。これで苦しんでいたのです - 奇妙ですが。理学療法師は、一般医のところへ行って神経内科医へ紹介状を書いてもらうことをすすめました。(またしても、私はワクチンをしたその人に助言を求めたのです)。一般医は検査上は何も異常が無いと言いました(彼らは耳をしらべて、膝蓋腱反射をしただけなのですよ)。神経内科に予約して診てもらうのは相当早いと言われました。私は一日一日と、具合が悪くなっていきました。なぜだかわかりませんでした。あたかも毒を盛られている感じでした。私は気が知れないくらいの時間働いていましたが、その段階で、手書きで字が書けなくなりましたが、それは忙しい人々をまとめる仕事の責任者にはまずいことでした。記憶にとタイプに頼り、とにかく普通のひとができることを補っていました。

もっと悪いことには、体の右側が麻痺していましたので、私の半身を引きずっていました。走ること、踊ること、ジャンプすることができず、歩くこともできなくなっきていました。アヒルのように歩き、靴が脱げてしまい、全くバランスと協調運動がうまくありませんでした。すべてのことを左手で行うことを学ばねばなりませんでした。眼前が真っ暗になるめまいがし、階下へ落ちました。(そう、コンクリートの階下に落ちました)。たとえばコーヒーテーブルのように、見えていて、実際そこにあるのは分かるのだけれども、 しかし、走り寄ることはできません。もう、かかとのある靴は履けません。震えるようになりました。なにかをやることがさらにと難しくなりました。体全体が震え、飲み物や食べ物の皿を、あちこちにこぼさずに運ぶことはできません。頭がすっきりせず(brain fog)、ものが2重に見え、右目はでは見落としがおこりました。

11月に祖父がなくなりました。数ヶ月間のうちに、私の知っている世界は消えました - 私の知っているものをすべて失いました - 夫、仕事、家、健康、家族 - 誰もこんなことを味合うはずがありません。このことも指摘しなければなりません:私の免疫システムは撃られてしまいました。かてて加えて、あらゆる風邪やインフルエンザによく罹ったので、そのことがわかりました。風邪のため一週間動けず、他の人たちよりもひどくやられました。みんなはストレスのせいだといいました ー 私はストレスでないと知っているのに。ストレスはこんなことをしません。

私は両親に会いにいき、何かが悪いんだと強調しました。自分はdrama queenではないといわなければなりませんし、死ぬときは医者のところに行きますよ。同じ週、母は私のために医者の診察の予約しました。一般医の(テッド ベネット医師)のところへすぐ行きましたが、医師はどこか免疫がおかしいとわかったようですが、彼には説明出来ないというのでとっても失望しました。彼は紹介状に、単純に"奇妙な"と書き、次の週に神経内科医(ミッチェル カテカー医師)の診察を受けるように予約をとってくれました。彼は私をMRIの検査に送り、多発性硬化症(MS:Multiple Sclerosis)と診断しまた(MRIには所見がないのだけれも、症状が似ているので)、3日間入院しメチルプレドニゾロンの点滴療法をしました。この治療は殆ど効果がありませんでした。私は具合が悪く、汗をかき、しかし、多分同じでした。

MSとする証拠がなかったのでより多くのスキャンを行いました。山を築く程沢山の検査を行い、少しでも改善するならと、東洋医学の治療法を探しましたが、しかし、すべては持続的な効果がありませんでした。とりわけ以下の検査のために、MRI/CT、X線検査をしました:甲状腺、サルコイドーシス、多発性硬化症、脳腫瘍、脳卒中、バックスキャン、フロントスキャン、2回の脊髄穿刺、視覚刺激電位検査、刺激誘発電位検査、脳幹誘発反応聴覚検査、脳波2回、PETスキャン、全身性紅斑性狼瘡(Lupus)と(よりによって)ヒト後天性免疫不全ウイルス(エイズウイルス)の沢山の血液検査。

私は何が起こったのかわからなかったので、2008年12月に私のエグゼクティブアシスタントの仕事の役割をあきらめました。正常ではないことを知っていましたが、なぜなのかはわかりませんでした。1月も仕事を休まねばならず、ソファから立ち上がるように自分自身に強制しなければならなりませんでしたが、ー ピン留めできないほど活発な女にとっては ー、それは異常でした。私はシドニーの神経科(教授はマイケル ハルマギ)にセカンドオピニオンをもらうために会いに行きました。彼は、彼の意見して、また他の医師の意見でも、ワクチンだといわれました。 6月までに、16人の女の子が同様の症状を呈したとのことでした。彼女らはすべてメチルプレドニゾロン治療に反応していました。私は11月にこの治療法をやったこと、反応しなかったことを伝えました。彼はこの治療のために五日間入院させてくれました。退院するときには、私が病気だったと言うことは、控えめな表現になります。汗をかき、幻覚、めまい、運胴失調、正常に話せず、または正常に食べることもできませんでした。新聞販売店で私の古い仕事に戻りましたが、毎日具合が悪いと感じていました。

その後の数ヶ月(2月9日から7月9日まで)はさらに下り坂で悪化しました。震えもあり、運動能力が悪化し、話すことはもっと悪化していました。私の一日は、仕事、理学療法、医師、スキャンでめいっぱいでした。 - その間、適切に食べ、運動し、8時間夜の睡眠、週40時間労働 - そんなのはもう無理でした。私はからだの半分を引きずり、半ば正常に話そうとがんばりましたが、難破しました。7月に仕事をあきらめ、初めて、私の人生は私自身のものだと思いました。生まれて初めて、私はわがままになりました。そして、それは良いと感じました!

ハルマギ教授、カテカー博士とマイケル·バーネット医師(私の免疫学者)の助言で、私はサンドグロブリンSandogoblinと呼ばれるヒト免疫グロブリン治療のために、5日間の病院に戻りました。これは、静脈内投与されました。私の人生を救ったと信じるこの薬は、オーストラリアでガーダシルを製造する会社から購入する必要がありました。また、数週間前に、PETスキャン(Googleで検索)の検査をうけてましたが、病院にいたときに結果が帰ってきました - 2つの主要な懸念の分野がありましたが - 私の卵巣は働き過ぎでした、運動機能を制御する小脳はスイッチがオフになっている - それは病気ではなく単に電球と同じように - 単にスイッチが入ってないだけでした。これは元のようにスイッチが入るという保証はありませんでした。私はそれを信じることを拒否しました。ずっと具合が悪るかったところへ、さらに具合が悪くなり、心が固くなっていました。

すぐさま卵巣の超音波検査をうけましたが、問題はありませんでした。 28日ごとに "トップアップ(注ぎ足し)"治療(Sandoglobulinと同じことをするOctogamと呼ばれる薬を"点滴注射"すること、Octagamはヒトガンマグロブリン製剤)をしますが、これは、すべてうまくいき、ずっと続けなければなりません。徐々に、ゆっくりと改善してきました。それは悪化するよりずっといいものです。私の一日は、ジム(2時間の耐久性、ウエイトレーニング、トストレッチ、水中運動、水泳)、作業療法、言語療法、調理、掃除で埋まっています。ニンテンドーのWiiが共同運動にすごく良く、またシングスター(カラオケゲーム)が話す訓練に合います。その他の運動については連絡ください、お役にたてるとうれしいです。消去法から、私はADEM(googleで調べて)と診断されています。基本的には、神経線維を取り囲んでいるミエリン鞘が食べ尽くされています。多発性硬化症(MS)と違って、古典的な激しく運動することで鞘は治ってきます。この病気はワクチンでおこることがあり、体の片方を麻痺させます。Googleによると定義は以下のようなものです:急性散在性能脊髄炎(ADEM)は、ミエリン鞘が傷つけれられて起こる、脳、脊髄の炎症が特徴の神経学的疾患である。ミエリン鞘は、脳の神経の絶縁体として働く脂肪の覆いである。ADEMは細菌、ウイルス感染、あるいはワクチン接種の合併症、あるいは原因不明におこる。発症は急性である。

症状はひとによって変わるが、頭痛、譫妄、だるさ、昏睡、痙攣、頸部硬直、発熱、運動失調、視神経炎、横断性脊髄炎、体重減少である。他の症状は単麻痺(一肢の麻痺)、片麻痺(体の半側の麻痺)。この異常は成人より子供で起こりやすい。

先週、いくつかのオーストラリアの新聞がガーダシルと多発性硬化症の症状を結びつけ、すべての少女は回復した(何と耳に心地よい言葉でしょう!)という記事がありました。私の知られているかぎりの家族には、MSのような疾患の家族歴はないことを書しておきます。唯一の問題は、私は10代から多発性卵巣嚢腫をもっていて、避妊薬を服用を続けていたことです。家系にはつよいがんの傾向があり(それがワクチンをした理由)、しかし、母親はこの遺伝子をもっておらず、私にも伝わっていないのです。

次は何でしょう。今は働けませんが、私の一日は治療と運動に捧げられています。大学卒業後資格をとるために来年大学に応募します- 後期教育の修士課程です。フルタイムで2年かかりますが、その間、回復の時間がとれます。私は改善しています。ヒールを履き、スポーツをやり、ダンスをやるために100%回復するぞ、と思っています。働くのを待っていられません。同じような状態の少女を教えたいということも含めて沢山の計画をもっています。病気になって、人生で大事なことを理解させてくれました。

(訳者、管理人の意見:全文の訳であるが、文章も経過も長いので以下に纏める。ワクチン接種は2008年5月と8月の2回。一回めの接種の後、足の小指を骨折した。体の動きがぎこちなくなったと認識してた。2回目の接種から4週間後に見えなくなった。その後、吐き気に悩まされる。。10月頃、右半身の麻痺、平衡機能、共同運胴の失調、震えが加わる。11月、シドニー大学神経内科でワクチンの副反応の可能性を指摘される。2009年2月~7月は症状悪化。しゃべることがうまくいかない。7月にヒトガンマグロブリンの点滴治療がはじまったと推測される。約1年続け、相当回復した。手記が書かれたのは2011年、28歳時。ADEMとMSの混用がみられるが、どちらも神経繊維の脱髄性疾患であり、ワクチン接種、ウイルス感染後などの急性発症はADEM、慢性に経過している場合はMSとしていいようである。)

(下のビデオの1:16あたりにジェシカさんが転ぶ場面がありますが、クリスティンさんの小脳失調による転びかたもこのようなものでなかったと思われます。管理人)




クリスティンさん(オーストラリア)の第二信

わたし自らのガーダシルの旅 ( My Personal Gardasil Journey )

PDFファイルでお読みいただけます。

kristin_2.pngオーストラリア、NSW、ニューキャッスルよりこんにちは。

私はクリスティン・クルーローです。現在29歳で、ガーダシルの生存者です。もし誰かが4年前に、後の生活が今のようになるだろうと教えてくれたとしても、全く信じることは無かったでしょう。単純に言えば、私は恵まれていたのです。

ガーダシルを注射する前は、私は元気で健康でした。経営学の学位を持ち、素晴らしい仕事、素晴らしい友人に恵まれ、素晴らしい人生を送っていました。酒は飲みませんでしたし、たばこも吸いませんし、体によくないことは何もしていませんでした。55キロでした。スポーツを好み、戸外にいました。沢山のお気に入りがありました。

2008年5月、よく世間に広められ、政府が保証したヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン、普通ガーダシルとして知られていますが、三回の注射のうちの、第一回目の注射をしました。子宮頸がんの予防のために、9歳から26歳の女性に注射するように宣伝され推奨された、大量生産のワクチンです。わたしはかかりつけのGP(一般医)に注射されましたが、彼は利点を説明しましたが、危険性については説明しませんでした。

最初の注射から2週間後、カラテで転んで左足の骨を折りました。私は男勝りで、殆どケガをすることがありませんでしたから、それはちょっと不思議でした。私は6週間ムーンブーツをはき、松葉杖のお世話になりました。これは新しい仕事(少しやっかいなものなのでしたが)を始めた時期と重なりました。しかしうまくこなしました。

2008年8月に第二回目の注射を受けました。ちょうど、松葉杖をやめ、左足の力が回復してきた頃でした。約4~6週すると、変わったことが起こるようになりました。9月のある週末、目が見えなくなりました。これは回復しました。まもなく、ヒールを履いて立てなくなりました。平衡感覚がなくなり始めました。ダンスすることも、ジャンプすることも、スキップすることも、走ることも出来なくなりました。後ろのあいた靴を履けなくなりました。歩き方はグラグラし、平衡感覚と協調運動は以前のようではありませんでした。手書きで文字が書けなくなりました。何かをしようとすると体がピクピクし、震えるようになりました。しゃべり方が変わりはじめたように感じました。初めはすべてのことは右半身で起こりました。脳卒中になったようでした。無効だと分かったワクチンを注射したGPを何度か訪ねてみましたが、すべてストレスからくるものだ、神経が圧迫されたためだ、精神異常だとまで言われました。言うまでも無いことですが、答えを求めて医者を代えました。
 
新しいGPに代わりましたが、彼は私の突然の変化を見てはいませんでしたが、何かがおかしいとわかってくれました。さらなる診断のために神経科医を紹介してくれました。いくつかのテストをして、多発性硬化症(MS, multiple sclerosis)と診断されました。画像診断や検査には所見はありませんでしたが、体の兆候はこれを指し示していました。私は3日間にわたり3回のメチルプレドニソロンの静脈注射を受けました。殆ど改善はありませんでした。2008年12月、体調が悪くなり続けたため仕事を辞め、フルタイムの小売り環境にいきました。

2009年1月に、シドニーの神経科医にセカンドオピニオンを求めました。身体的な症状の検査の後、彼は一つの質問をしました:「最近、何かワクチンの注射をしませんでしたか?」と。数名の患者さんが同じような症状で紹介されてきたことを説明しました。どの患者さんにも一つの共通の要素がありました。ガーダシルです。5日間のメチルプレドニソロンの静脈注射の治療を受けることを薦めました。この治療は少し前にやりましたが、そのころ体調はもっと悪くなっていましたから、助けになるかと考えました。だめでした。メチルプレドニソロンはステロイドです。私の神経科医は単純にのべました。それは'火'に似ていると。体中を巡ってあらゆるものを殺し、体は作り直されると。問題は私の体は相当にノックダウンされ、戻れないのだと。次の5月間、私の体はさらに混乱していきました。失神し、幻覚ぎみになり、日常の単純なことをやるにも、もがかねばなりませんでした。眠れませんでした。いつでも具合が悪い感じがしました。フルタイムで働き、理学療法、作業療法、言語療法に出向きました。症状が左側を取り囲むように広がってきたとき、医療チームは始めからやり直してくれました。

2009年6月にPETスキャンの検査をうけました。これはMRIと処理は同じようなものですが、結果はもっと細かくわかります。このスキャンの結果は、小脳 ― 運動機能をコントロールする脳の一部ですが ― の機能がスイッチオフの状態であることを示していました。これは免疫グロブリン静脈注射療法の適応であることを保証していました。2009年6月まで、あたりまえにできたはずのことを、何をするにも、もがかざるを得ない状態でした。歩くのにも、もがかなければなりませんでした。バランスをとるために何かに掴まらなければなりませんでした。直線上をまっすぐに歩けませんでした。廊下を膨らまさずには歩いて下りられませんでした。車いすに乗せられて、スキャンに運ばれて行ったのを覚えています。以前は健康で、活動的で、いつも前向きな人間にとって、これは絶対に我慢のならないものでした。今でも、思い出すと目に涙がうかびます。話すのにも、もがいていました。数語は言えましたが、互いにつなげて文章にすることは出来ませんでした。

話したいことが分かっていても実際に話せないことは本当にイライラしました。全く書けませんでした。手がひどく震え、ペンが持てませんし、部屋を横切って投げることも出来ませんでした。食べるのにも、もがきました。震えて食べ物を口に持っていけず、また口がどこにあるかという知覚がなくなっていたので自分の口がわからず、ある日の朝、病院で母がトーストを食べさせてくれたのを覚えています。免疫の仕組みがなくなっていました。非常に具合が悪いので、病院のスタッフはブタインフルエンザにかかったのだろうと信じていました。神経組織もなくなっていました。神経繊維を包んでいるミエリン鞘 ― 神経を包んでいるように働くものですが ― が融解されたと説明されていました。白血球は混乱し、自分自身を攻撃していました。

基本的には、私は死にかけていたのです。神経科医は正直で、免疫グロブリンの静脈注射が効くかもしれないと言ってくれました。効かないかもしれません。この重大な時期に、私には2つの選択肢がありました。沈むか泳ぐか。沈むという選択肢はありません。息が続く限り泳ぐことでしょう。実際泳ぎました。

次の12ヶ月、28日ごとに入院し、免疫グロブリンの注射療法を受けました。オーストラリア赤十字社から多大な支援を受けました、この先ずっと感謝することでしょう。免疫グロブリンの静脈注射は「平和の維持peacekeeper 」でした。それはヒトの自動的な免疫(auto-immune)であり、体を回復させるのを助けました。非常に効きました。残りはあなたも届くでしょう。わたしは、集中的に理学療法、作業療法、言語療法、水療法をうけました。私は今後2年は働けないだろうと言われました。

病気は急性散在性脳脊髄炎( ADEM, Acute Disseminated Encephalomyelitis)だと考えられていました。ADEMは'免疫が介在する脳炎'と定義されています。通常ウイルス感染のあとにおこりますが、ワクチン接種、細菌感染あるいは寄生虫感染の後、さらには自然に起こることもあります。自己免疫機序による脱随 ( demyelination ) であり、多発性硬化症に似ており、多発性硬化症の周縁疾患と考えられています。単純に表現すれば、それ自体はMSの身体的表現に似ているのでありますが、しかしながら、私の経験したADEMは私の免疫システムの一回きりの攻撃であり、進行する変性ではないと考えられます。また、MSとは違い、ミエリン鞘は再生すると考えられています。

2009年12月、私は、二次の教育学修士をとるために、ニューキャッスル大学に登録しました。思い返しますと、殆ど歩けず、書けず、話せないのですから、みんなは私のことを正気でないと考えていたことは確かでしょう。私にとって、教職はずっと考えてきたことの一つでありますが、全く実行でずにいましたし、2年間仕事から離れるので、それを実行する最良の機会だと考えました。さらに、心をずっと忙しくすることができます。私は受け入れられ、2010年2月から、フルタイムの勉強が始まりました。

引続く2年間は理学療法、リハビリ、運動ジム、勉強、診察の予約などなどで、もっともっと一杯にしました。毎日を目一杯に埋め、私の体を目一杯頑張らせました。結果が物語ります。2011年12月のPETは私の小脳は生き返ったことを示していました。これは奇跡でした。小脳のスイッチが切られたとき、死んで萎縮します。私の場合はそうではありませんでした。

私はいま高校の教師です。私はほんとうに仕事を愛していますし、生徒は素晴らしいです。私にはとっても素晴らしい家族と友達があり、いつも私のそばにいる素晴らしい神がいます。それがなければ、今まさに、私が誰で、どこにいるのかわからなくなります。おなじ境遇にいる少女や家族を助けられる地位いる私は、とても幸福だと思っています。

この経験は、疑いなく、私が何者であるか、ということを変えました。私を、人生における素晴らしい事柄がわかり、つまらないことは心配しない人間に変えました。幸福に、前向きに、常に笑って、楽しみを持つようにと教えられました。うそをつきません、それは人生でもっとも厳しい時間でしたが、しかし最も見返りも大きいものでした。わたしはずっとひどい体の痛みに苛まれてきましたし、まだその日その日、痛みのなかで生きているのです。毎日、自分で体を急いていくようなものですが、それは痛く、イライラさせられます。状況を理解してもらえないために、私に浴びせられる追及や咎めをこなしていくことは、私の皮膚を厚くし、不治の病を抱えて生きている人たちへの大いなる感情移入となるのみです。精神的および感情的な混乱というものは超現実的で、体の内部に害をなす薬や全体にわたる状況の不安定により千倍も悪くされます。私はすぐさま、前向きな生活と毎日を目一杯生きることがもっとも良いことだと学びました。わたしは100%回復しないでしょう。でもじたばたしません。ずっと学び続けるものをもらったのです。

この病気で苦しんでいるすべての女性へ、私はここにいます。諦めないで。病気に打ち負かされないで。あなたが強くあらねばと思わないと、自分がどんなに強い人なのか知らないのです。毎日祝福されているのです。小さくとも信仰を持ちましょう。

時間の制約のためここに示すことできない沢山の情報があります。もっと情報、アドバイス、助けてくれる他の人たちとコンタクトを取りたいときには、victims@sanevax.org のSaneVacチーム経由で、あるいはフェイスブック(Kristn Clulow)経由で連絡してください。

ガーダシルによる犠牲者の記録(3)ー 抄録 Guard your children against Gardasil !

SaneVaxのホームページにある、ガーダシルの健康被害を受けた方の記録の抄録です。かけがえのない健康あるいは命と引換の、極めて貴重な文書と考えます。すべての文書の一字一句が貴重ですから、時間がかかりますが、全文を翻訳するつもりです。
それまで待っていられませんので、すべての文書に一通り目を通すことを優先したいと考えています。多数の例に目を通すことにより、副作用の全体を知り、検討することができるとおもいます。
こんなことはあって欲しくはないのですが、日本人の女性で副反応がおこったとき、これらの記録が役立つとおもいます。

訳してみて驚くのは脳神経障害(てんかん、麻痺)の多さです。それらは恒久的な障害となってしまうようです(治らない、後遺症が残るということです)。
日本でも乳幼児に沢山ワクチンを射ちます。ワクチンの種類により、副作用の多寡と程度の差はあると思いますが、一定の確率で脳神経障害が起こっているはずです。
「ワクチンのすべて」という文書を読んだとき、ワクチンで自閉症がおこるという意見は意外に思いましたが、それ以上は考えないでしまいました。しかし、これだけの例をみて、その意見は正しいのではないかと考えるようになりました。乳幼児では神経障害の後遺症が出ても案外わかり難いのではないでしょうか。

「ワクチンのすべては」ここにあります。
http://tamekiyo.com/documents/healthranger/VaccineReport-JPN.pdf

子宮頸がんワクチンによる死亡は、ほとんどが突然死、とわかりました。
気になるのは、乳幼児の突然死症候群です。


Kirstie.png1)カースティーさん Kirstie ニューヨーク 12歳
運動と楽器演奏が得意な少女
2007年4月23日、1回目の注射。数週間後に腕、脚に皮下出血、サッカーやラクロスのせいだと考えていた。
5月29日2回目の注射。皮下出血がおこった。
6月17日、月経が10日続いた。
6月29日、遊園地で膣出血。30日も出血。
7月2日、血小板18000とわかる。血小板減少症の診断。
7月は血小板が減少し続けた。
医師は血小板減少症の原因はウイルスだとして、ワクチンとの関連を認めようとしなかった。
2010年も血小板が少ないため、サッカーやバスケットボールの試合を欠場した。
回復してきている。

Brittney.png2)ブリットニー  Brittney 年齢 ?
娘がガーダシルの副作用で苦しんでいる父親の怒りと苦悩の文章である。
ブリットニーさんはガーダシル注射のあと副作用が出て、歩くのに苦痛のようだ。
(Brittney struggles just to walk and to deal with pain)。
ワクチンが副作用で子供に苦痛を生じさせているときには、家族にも相当の苦しみを生じさせている。
アレルギーで通院していた内科医がガーダシルを勧めたので射ったが、その進め方(性行為でうつる、がんになるとか言って脅す)、副作用について説明しなかった、副作用が出た後ワクチンとの関係を認めない(心理的なものだと言った)、副作用で苦しんでいることに対して医師が関心を持とうしなくなったという態度に、怒りを爆発させている。
一方で、娘が成人してキャリアパスをつくることを楽しみにしていたが、それができなくなった、娘が孤立(友達から短い電話しかこない、訪ねてきてもすぐ帰る)していくのを見てさらに苦悩を深いものにしている。
副作用の不十分な検討まま販売している製薬メーカーに販売の中止、医師には誠実になって欲しいと訴えている。

Taylor.png3)テイラーさん Taylor 13歳 インディアナ州
彼女は1回目の注射のあと3週間目にけいれんをおこした。ガーダシルのパッケージには「強いアレルギー反応(sever allergic reaction)のみられた場合には止めるように」と書かれている。今ままでてんかんの無かったひとに、ワクチン接種のあとてんかんが現れたらそれはつよいアレルギー反応と考えるべきである。しかし、彼女の受け持ち医師は全3回の注射をおこなった。
2007年8月の終わりに1回めの注射をした。3週間後にてんかん発作をおこした。医師は、ワクチン接種がてんかんを起こしている可能性は無い(there was no possible way that this vaccination was causing my problems)と言い、あと二回も打ってしまった。
2007年9月8日、クロスカントリーのあとけいれん発作をおこした。
彼女のけいれん発作から2年後、友人のCaleighさんがガーダシルの注射のあとけいれんをおこした。それで、事態が明白になった。
3年半経た2011年になっても、けいれん発作をおこしている、発作が全く予想がつかず、大好きなソフトボールゲームに、マネージャーとしても出られない。
偏頭痛と食物アレルギー(グルテン、乳製品、カゼインなどなど)に悩まされている。
彼女は成績が全A(a straight A student)の生徒だったが、いまではそうではない。

Sarah.png4)サラさん 19歳 ユタ州
サラさんは成績優秀なブリガム ヤング大学の学生だった。ダンスもやっていた。
大学から、HPV感染の危険性とガーダシルの利点について書かれたパンフレットを受け取った。副作用については、注射部位の痛み、発赤、おそらく失神とあった。健康診断のため医者のところに赴いたら、医者はガーダシルを受けるべきだと、頑強に説明された(the doctor was adamant that she needed Gardasil)。
2007年1月、サラさんはインフルエンザのワクチンと一緒に、2回目のガーダシルの注射をした。
1週間後、サラさんは痛くて麻痺して、ベッドから起きられなくなった。4時間後彼女のルームメイトが発見して、病院に駆けつけた。
白血球は殆どなくなっており、内科医の言葉では、「免疫システムは根こそぎなくなっている」ということだった。酷い慢性的な痛みと、疲労が続いている。薬剤に非常に敏感になった。何もできず、ベッドに寝てるしかないことが何度もあった。
医師はVAERSに登録した。何度もMerckに電話したが、繋がったことがない。
IHRC (保険会社?)は、彼女の症状がその診療所で射たれたワクチンの副作用によるものであることについて、責任を取ろうとしないし、認めようともしない。
サラさんは、"もう1人の女性"としてガーダシルに守られるように反応することを許されなかった、"もう1人の女性"である(Sara is one more girl who has refused to allow her reaction to Gardasil make her ' one less'.)。

Briitany.png5)ブリッタニーさん Brittany 21歳 オハイオ州
ブリッタニーさんは世話好きの優しい子だった。優秀な子で、高校の後ろの2年間を1年で終了した。クラスにクッキーを焼いて持ってきたりするので「クラスのおかみさん(hostess of the classroom)」と親愛を込めて呼ばれていた。
2007年6月、21歳のとき、家庭医から、実験(lab)でうつったりするから、ガーダシルを注射するようにと言われた。医師は副作用は無いからと保証したので、HPV感染の恐怖から、医者の言うのは正しいだろうと受け入れた。
注射から6週間のあいだ、失神、ハンマーで打たれるような脚の痛み、そして驚くべき事にけいれんを起こすようになった。彼女は今までけいれんを起こしたことはないし、家族歴もないのである。
それでも、ブリッタニーさんは以前と同様に頑張っていた。
8月までに2回目の注射をした。10日後から、頭と顎が強く押し付けらるような感じがあったと思ったら、拷問のような脚の痛み、筋力低下、手足と頭部のゴムのような感じと焼けるような刺される痛みがおこってきた。ついには歩けなくなった。
救急受診したり、有名な病院の専門医に診てもらったが、「異常無し」であった。
幸運にも、彼女の友人が、ガーダシル注射後の、不可解な症状に苦しんでいる少女たちのことをインターネットでみて教えてくれた。
吐き気とめまいと目のかすみで、ブリッタニーさんはコンピュータの文字を読めないのである。
後に、ある内科医から「3回目の注射をしていたら恐らく死んでいただろう」と言われた。
ブリッタニーさんは40人以上の専門医に診てもらっていたが、幾人かの医師はガーダシルのせいでないかと聞くや否や、彼女の症状は心理的転化だと決め付けた。ある医療機関では、HPVワクチンの責めを聞くや否や、ドアを閉められ追い出された。
最終的には5人の医師から次の様に診断されている:末梢神経障害、瞳孔散大と機能異常、両脚の末梢神経炎、内分泌低下、特発性てんかん、肝機能異常、消化管異常、慢性ギラン バレー症候群様症状、ホルモン異常。
3年半経った現在、ブリッタニーさんの症状はよくなったり悪くなったりであるが、少し改善が見られる。
彼女はこの物語を、HPVワクチンで障害をうけたり亡くなったりした、世界中の人々に捧げたいと思っている。

Samantha.png6)サマンサ Samantha 15歳
GPA3.8のよくできる子だった。2型糖尿病、花粉症、Blount病(脛骨が湾曲する骨の異常)、多発性卵巣嚢腫あり出血を抑えるためピルを飲んでいた。
2007年11月、第1回目のガーダシルの注射したが、2、3時間以内に発熱と吐き気とひどい頭痛が起こり、ほぼ3週間臥床せざるを得なかった。医師(女性)を呼んだら、インフルエンザワクチンがうまくなかったに違いないといわれた。彼女はインフルエンザワクチンと同時にガーダシルの注射がなされたのだった。ちょっと体を動かしただけで気を失うようになった。両足に力が入らなくなった。2回目のガーダシルの注射のあと、足が痛いと泣いていた。両足とも末梢神経障害とされた。彼女は何度も失神し歩けなくなった。そして、その後3日間頭痛がした。
毎日朝起きると、サマンサは死んでいるのでないかと心配になる。
3回目のワクチン接種のあと、失神するようになりった。ワクチン接種後の症状は、slurred speech、 両脚の知覚欠損、視力低下、周辺視野欠損、非常な疲れやすさ。筋力低下、筋肉痛、頭に霧りがかかった感じ、月経異常など。
最後にERを受診したのは2009年8月25日だった。それまで、下肢の麻痺でERを何度も受診したので、小児科医のカスリーン サンティ医師を受診した。下肢の麻痺を診てもらいたかったのだが、その医師は診ることを拒否した。そして、ERを受診しろといった。信じられないことだが、女性医師はサマンサに目もくれようとしなかった。サマンサは2003年から彼女の患者だった。これには私も怒った。
サマンサはワクチンする前も病気がちだったが、ワクチンをしてもっと酷くなった。
ガーダシルは、インフルエンザワクチンと同時接種することは研究されてないはずだ.
私の娘は同時接種された。
ガーダシルだけの接種でもてんかんのような重い病気に苦しんでいる子供がいるのだが、2種同時接種は彼女の体のシステムには重すぎた。
私にはっきりしたことは、サマンサのような病気の既往のある子は決してガーダシルを射ってはいけないということだ。
母親としてお願いしたいことは、若い人たちがこの有害なワクチンに傷つけられる前に、誰か聞いて、何か行動して欲しいということだ。
(訳者意見:2011年6月26日付け文書の抄録です。原文が行き来の大きい文章です。)

6')Sami サミさん フロリダ州 (上の方と同一人物) 14歳
サミさんは、ガーダシルを経験するまでは、成績優秀な生徒で、サンシャイン州とよばれるフロリダ州に住んでいて、その利点をすべて取り込んでいた。テーマパークはしばしば週末のハイライトでした。シーワールド、ユニバーサルスタジオ、冒険島、Bush Gardenにいって、母親と一緒に、アトラクションに何度も何度も乗るのが好きでした。でも、こんなことはもうできないのです。
ガーダシルの注射の前、サミさんには、2型糖尿病、多様な物質に対するアレルギー、ブラウント病、多発性卵巣嚢胞という健康上の問題がありました。しかし、彼女は活動的で、普通の生活を送っていました。すべては、14歳のときに、インフルエンザワクチンと一緒に、第1回目のガーダシルの注射をしたときに変わりました。2、3時間以内に、嘔吐、発熱、ひどい頭痛がおこりました。彼女は3週間起きられませんでした。医者がこの症状について質問されたとき、母親は、「インフルエンザワクチンの注射が悪かったに違いない(She must have received a bad flu shot)」といわれました。サミさんには(あと2回の)ガーダシルの注射が続けられました。
彼女の副反応のリストは伸びつづけています。無月経(最初の注射以来、2年以上)、両足の末梢神経障害、周辺視野欠損(左眼)、オーラを伴う複雑な偏頭痛、重症睡眠時無呼吸、両下肢の麻痺。ある時、学校の先生(救急隊員も)が、サミさんの意識、脈の無くなっているところを発見し、生き返らせた。
サミさんはガーダシルワクチンの注射以来、複数の専門医に診てもらった。MS(多発性硬化症)、神経学的欠損、lupus(全身性紅斑性狼瘡)、リウマチ性関節炎、脳腫瘍は彼女の症状の原因としてはすべて否定されている。
毎日、サマンサさんのお母さんは、子供が生きて明日の夜明けを見ることができるだろうかと思ってしまう。子供が死んでいくと思うとき、他の親たちは、どのように心の準備をするのだろうかと思う。準備することなんかできるのだろうか。彼女は、子供たちにHPVワクチンをさせようかと考えている親たちに伝えたいと思っている:ガーダシルから子供を守って(Guard your children against Gardasil)!
(訳者意見:Samanthaさんについては2つの文書が有り、これは2011年6月16日付けのものの全訳です。)

Cassie.png7)Cassie カッシーさん ミズーリ州  14歳
カッシーさんの母親の手紙をみてください。
「私たちの悪夢は、2007年12月、私たちは立ち会わず知らされもしませんでしたが、私の冗談好きの活動的な娘がすすんで袖をまくり、ガーダシルの注射をしたときからから始まりました。そのときカッシーは14歳でしたが、人生への誠の愛、人の心を暖かくする笑顔で知られ、バレーボールとトラックを走ること同様に、教会やFCAに属する学校のユースグループではとても活動的でした。それは、ガーダシルが彼女から人生を奪ってしまうまでのことでした。」
「彼女が3回目の注射を受けて以来、4回入医院し、私の考えでは不必要な手術をされ、膵炎、胃腸障害と診断され、肺炎を3回、そして、中心静脈にラインをおき脂肪で栄養せざるえをなくなった(TPN 経静脈栄養、IV nutrition 静脈栄養)ひどい吐き気と嘔吐、疲労、めまい、頭痛、光と音への過敏、視力低下、乳汁分泌、てんかん様発作、両下肢のチクチクする痛みと知覚麻痺、ひどい腹痛など多くの症状に苦しんでいます。」
「わたしの、かつての面白く明るい娘は病気と痛みに衰弱していますが、しかしながら、彼女は、ガーダシルに愛する心と笑顔が奪われてしまうのを拒否しています。」「娘から、神への愛と忠誠を絶対に諦めないと聞かされていても、ときに、もう彼女が息をしないのではないかと恐くなり、彼女から目を背けてしまうことがあります。」さらに彼女は「何事も神のご意志ですし、私の病気にだって理由があるのです。」とさえ言うのです。
「私たちはみんな、わたしの知っているこれらの少女達から沢山学べたし、カッシーのことをとても誇りに思っています。(We could all learn a lot from these girls I know I have and I am so proud of Cassie.)」
(全文を訳しました。でも、最後の行の前半はどう訳せばいいのでしょう。)