ガーダシルによる犠牲者の記録(3)ー 抄録 Guard your children against Gardasil !

SaneVaxのホームページにある、ガーダシルの健康被害を受けた方の記録の抄録です。かけがえのない健康あるいは命と引換の、極めて貴重な文書と考えます。すべての文書の一字一句が貴重ですから、時間がかかりますが、全文を翻訳するつもりです。
それまで待っていられませんので、すべての文書に一通り目を通すことを優先したいと考えています。多数の例に目を通すことにより、副作用の全体を知り、検討することができるとおもいます。
こんなことはあって欲しくはないのですが、日本人の女性で副反応がおこったとき、これらの記録が役立つとおもいます。

訳してみて驚くのは脳神経障害(てんかん、麻痺)の多さです。それらは恒久的な障害となってしまうようです(治らない、後遺症が残るということです)。
日本でも乳幼児に沢山ワクチンを射ちます。ワクチンの種類により、副作用の多寡と程度の差はあると思いますが、一定の確率で脳神経障害が起こっているはずです。
「ワクチンのすべて」という文書を読んだとき、ワクチンで自閉症がおこるという意見は意外に思いましたが、それ以上は考えないでしまいました。しかし、これだけの例をみて、その意見は正しいのではないかと考えるようになりました。乳幼児では神経障害の後遺症が出ても案外わかり難いのではないでしょうか。

「ワクチンのすべては」ここにあります。
http://tamekiyo.com/documents/healthranger/VaccineReport-JPN.pdf

子宮頸がんワクチンによる死亡は、ほとんどが突然死、とわかりました。
気になるのは、乳幼児の突然死症候群です。


Kirstie.png1)カースティーさん Kirstie ニューヨーク 12歳
運動と楽器演奏が得意な少女
2007年4月23日、1回目の注射。数週間後に腕、脚に皮下出血、サッカーやラクロスのせいだと考えていた。
5月29日2回目の注射。皮下出血がおこった。
6月17日、月経が10日続いた。
6月29日、遊園地で膣出血。30日も出血。
7月2日、血小板18000とわかる。血小板減少症の診断。
7月は血小板が減少し続けた。
医師は血小板減少症の原因はウイルスだとして、ワクチンとの関連を認めようとしなかった。
2010年も血小板が少ないため、サッカーやバスケットボールの試合を欠場した。
回復してきている。

Brittney.png2)ブリットニー  Brittney 年齢 ?
娘がガーダシルの副作用で苦しんでいる父親の怒りと苦悩の文章である。
ブリットニーさんはガーダシル注射のあと副作用が出て、歩くのに苦痛のようだ。
(Brittney struggles just to walk and to deal with pain)。
ワクチンが副作用で子供に苦痛を生じさせているときには、家族にも相当の苦しみを生じさせている。
アレルギーで通院していた内科医がガーダシルを勧めたので射ったが、その進め方(性行為でうつる、がんになるとか言って脅す)、副作用について説明しなかった、副作用が出た後ワクチンとの関係を認めない(心理的なものだと言った)、副作用で苦しんでいることに対して医師が関心を持とうしなくなったという態度に、怒りを爆発させている。
一方で、娘が成人してキャリアパスをつくることを楽しみにしていたが、それができなくなった、娘が孤立(友達から短い電話しかこない、訪ねてきてもすぐ帰る)していくのを見てさらに苦悩を深いものにしている。
副作用の不十分な検討まま販売している製薬メーカーに販売の中止、医師には誠実になって欲しいと訴えている。

Taylor.png3)テイラーさん Taylor 13歳 インディアナ州
彼女は1回目の注射のあと3週間目にけいれんをおこした。ガーダシルのパッケージには「強いアレルギー反応(sever allergic reaction)のみられた場合には止めるように」と書かれている。今ままでてんかんの無かったひとに、ワクチン接種のあとてんかんが現れたらそれはつよいアレルギー反応と考えるべきである。しかし、彼女の受け持ち医師は全3回の注射をおこなった。
2007年8月の終わりに1回めの注射をした。3週間後にてんかん発作をおこした。医師は、ワクチン接種がてんかんを起こしている可能性は無い(there was no possible way that this vaccination was causing my problems)と言い、あと二回も打ってしまった。
2007年9月8日、クロスカントリーのあとけいれん発作をおこした。
彼女のけいれん発作から2年後、友人のCaleighさんがガーダシルの注射のあとけいれんをおこした。それで、事態が明白になった。
3年半経た2011年になっても、けいれん発作をおこしている、発作が全く予想がつかず、大好きなソフトボールゲームに、マネージャーとしても出られない。
偏頭痛と食物アレルギー(グルテン、乳製品、カゼインなどなど)に悩まされている。
彼女は成績が全A(a straight A student)の生徒だったが、いまではそうではない。

Sarah.png4)サラさん 19歳 ユタ州
サラさんは成績優秀なブリガム ヤング大学の学生だった。ダンスもやっていた。
大学から、HPV感染の危険性とガーダシルの利点について書かれたパンフレットを受け取った。副作用については、注射部位の痛み、発赤、おそらく失神とあった。健康診断のため医者のところに赴いたら、医者はガーダシルを受けるべきだと、頑強に説明された(the doctor was adamant that she needed Gardasil)。
2007年1月、サラさんはインフルエンザのワクチンと一緒に、2回目のガーダシルの注射をした。
1週間後、サラさんは痛くて麻痺して、ベッドから起きられなくなった。4時間後彼女のルームメイトが発見して、病院に駆けつけた。
白血球は殆どなくなっており、内科医の言葉では、「免疫システムは根こそぎなくなっている」ということだった。酷い慢性的な痛みと、疲労が続いている。薬剤に非常に敏感になった。何もできず、ベッドに寝てるしかないことが何度もあった。
医師はVAERSに登録した。何度もMerckに電話したが、繋がったことがない。
IHRC (保険会社?)は、彼女の症状がその診療所で射たれたワクチンの副作用によるものであることについて、責任を取ろうとしないし、認めようともしない。
サラさんは、"もう1人の女性"としてガーダシルに守られるように反応することを許されなかった、"もう1人の女性"である(Sara is one more girl who has refused to allow her reaction to Gardasil make her ' one less'.)。

Briitany.png5)ブリッタニーさん Brittany 21歳 オハイオ州
ブリッタニーさんは世話好きの優しい子だった。優秀な子で、高校の後ろの2年間を1年で終了した。クラスにクッキーを焼いて持ってきたりするので「クラスのおかみさん(hostess of the classroom)」と親愛を込めて呼ばれていた。
2007年6月、21歳のとき、家庭医から、実験(lab)でうつったりするから、ガーダシルを注射するようにと言われた。医師は副作用は無いからと保証したので、HPV感染の恐怖から、医者の言うのは正しいだろうと受け入れた。
注射から6週間のあいだ、失神、ハンマーで打たれるような脚の痛み、そして驚くべき事にけいれんを起こすようになった。彼女は今までけいれんを起こしたことはないし、家族歴もないのである。
それでも、ブリッタニーさんは以前と同様に頑張っていた。
8月までに2回目の注射をした。10日後から、頭と顎が強く押し付けらるような感じがあったと思ったら、拷問のような脚の痛み、筋力低下、手足と頭部のゴムのような感じと焼けるような刺される痛みがおこってきた。ついには歩けなくなった。
救急受診したり、有名な病院の専門医に診てもらったが、「異常無し」であった。
幸運にも、彼女の友人が、ガーダシル注射後の、不可解な症状に苦しんでいる少女たちのことをインターネットでみて教えてくれた。
吐き気とめまいと目のかすみで、ブリッタニーさんはコンピュータの文字を読めないのである。
後に、ある内科医から「3回目の注射をしていたら恐らく死んでいただろう」と言われた。
ブリッタニーさんは40人以上の専門医に診てもらっていたが、幾人かの医師はガーダシルのせいでないかと聞くや否や、彼女の症状は心理的転化だと決め付けた。ある医療機関では、HPVワクチンの責めを聞くや否や、ドアを閉められ追い出された。
最終的には5人の医師から次の様に診断されている:末梢神経障害、瞳孔散大と機能異常、両脚の末梢神経炎、内分泌低下、特発性てんかん、肝機能異常、消化管異常、慢性ギラン バレー症候群様症状、ホルモン異常。
3年半経った現在、ブリッタニーさんの症状はよくなったり悪くなったりであるが、少し改善が見られる。
彼女はこの物語を、HPVワクチンで障害をうけたり亡くなったりした、世界中の人々に捧げたいと思っている。

Samantha.png6)サマンサ Samantha 15歳
GPA3.8のよくできる子だった。2型糖尿病、花粉症、Blount病(脛骨が湾曲する骨の異常)、多発性卵巣嚢腫あり出血を抑えるためピルを飲んでいた。
2007年11月、第1回目のガーダシルの注射したが、2、3時間以内に発熱と吐き気とひどい頭痛が起こり、ほぼ3週間臥床せざるを得なかった。医師(女性)を呼んだら、インフルエンザワクチンがうまくなかったに違いないといわれた。彼女はインフルエンザワクチンと同時にガーダシルの注射がなされたのだった。ちょっと体を動かしただけで気を失うようになった。両足に力が入らなくなった。2回目のガーダシルの注射のあと、足が痛いと泣いていた。両足とも末梢神経障害とされた。彼女は何度も失神し歩けなくなった。そして、その後3日間頭痛がした。
毎日朝起きると、サマンサは死んでいるのでないかと心配になる。
3回目のワクチン接種のあと、失神するようになりった。ワクチン接種後の症状は、slurred speech、 両脚の知覚欠損、視力低下、周辺視野欠損、非常な疲れやすさ。筋力低下、筋肉痛、頭に霧りがかかった感じ、月経異常など。
最後にERを受診したのは2009年8月25日だった。それまで、下肢の麻痺でERを何度も受診したので、小児科医のカスリーン サンティ医師を受診した。下肢の麻痺を診てもらいたかったのだが、その医師は診ることを拒否した。そして、ERを受診しろといった。信じられないことだが、女性医師はサマンサに目もくれようとしなかった。サマンサは2003年から彼女の患者だった。これには私も怒った。
サマンサはワクチンする前も病気がちだったが、ワクチンをしてもっと酷くなった。
ガーダシルは、インフルエンザワクチンと同時接種することは研究されてないはずだ.
私の娘は同時接種された。
ガーダシルだけの接種でもてんかんのような重い病気に苦しんでいる子供がいるのだが、2種同時接種は彼女の体のシステムには重すぎた。
私にはっきりしたことは、サマンサのような病気の既往のある子は決してガーダシルを射ってはいけないということだ。
母親としてお願いしたいことは、若い人たちがこの有害なワクチンに傷つけられる前に、誰か聞いて、何か行動して欲しいということだ。
(訳者意見:2011年6月26日付け文書の抄録です。原文が行き来の大きい文章です。)

6')Sami サミさん フロリダ州 (上の方と同一人物) 14歳
サミさんは、ガーダシルを経験するまでは、成績優秀な生徒で、サンシャイン州とよばれるフロリダ州に住んでいて、その利点をすべて取り込んでいた。テーマパークはしばしば週末のハイライトでした。シーワールド、ユニバーサルスタジオ、冒険島、Bush Gardenにいって、母親と一緒に、アトラクションに何度も何度も乗るのが好きでした。でも、こんなことはもうできないのです。
ガーダシルの注射の前、サミさんには、2型糖尿病、多様な物質に対するアレルギー、ブラウント病、多発性卵巣嚢胞という健康上の問題がありました。しかし、彼女は活動的で、普通の生活を送っていました。すべては、14歳のときに、インフルエンザワクチンと一緒に、第1回目のガーダシルの注射をしたときに変わりました。2、3時間以内に、嘔吐、発熱、ひどい頭痛がおこりました。彼女は3週間起きられませんでした。医者がこの症状について質問されたとき、母親は、「インフルエンザワクチンの注射が悪かったに違いない(She must have received a bad flu shot)」といわれました。サミさんには(あと2回の)ガーダシルの注射が続けられました。
彼女の副反応のリストは伸びつづけています。無月経(最初の注射以来、2年以上)、両足の末梢神経障害、周辺視野欠損(左眼)、オーラを伴う複雑な偏頭痛、重症睡眠時無呼吸、両下肢の麻痺。ある時、学校の先生(救急隊員も)が、サミさんの意識、脈の無くなっているところを発見し、生き返らせた。
サミさんはガーダシルワクチンの注射以来、複数の専門医に診てもらった。MS(多発性硬化症)、神経学的欠損、lupus(全身性紅斑性狼瘡)、リウマチ性関節炎、脳腫瘍は彼女の症状の原因としてはすべて否定されている。
毎日、サマンサさんのお母さんは、子供が生きて明日の夜明けを見ることができるだろうかと思ってしまう。子供が死んでいくと思うとき、他の親たちは、どのように心の準備をするのだろうかと思う。準備することなんかできるのだろうか。彼女は、子供たちにHPVワクチンをさせようかと考えている親たちに伝えたいと思っている:ガーダシルから子供を守って(Guard your children against Gardasil)!
(訳者意見:Samanthaさんについては2つの文書が有り、これは2011年6月16日付けのものの全訳です。)

Cassie.png7)Cassie カッシーさん ミズーリ州  14歳
カッシーさんの母親の手紙をみてください。
「私たちの悪夢は、2007年12月、私たちは立ち会わず知らされもしませんでしたが、私の冗談好きの活動的な娘がすすんで袖をまくり、ガーダシルの注射をしたときからから始まりました。そのときカッシーは14歳でしたが、人生への誠の愛、人の心を暖かくする笑顔で知られ、バレーボールとトラックを走ること同様に、教会やFCAに属する学校のユースグループではとても活動的でした。それは、ガーダシルが彼女から人生を奪ってしまうまでのことでした。」
「彼女が3回目の注射を受けて以来、4回入医院し、私の考えでは不必要な手術をされ、膵炎、胃腸障害と診断され、肺炎を3回、そして、中心静脈にラインをおき脂肪で栄養せざるえをなくなった(TPN 経静脈栄養、IV nutrition 静脈栄養)ひどい吐き気と嘔吐、疲労、めまい、頭痛、光と音への過敏、視力低下、乳汁分泌、てんかん様発作、両下肢のチクチクする痛みと知覚麻痺、ひどい腹痛など多くの症状に苦しんでいます。」
「わたしの、かつての面白く明るい娘は病気と痛みに衰弱していますが、しかしながら、彼女は、ガーダシルに愛する心と笑顔が奪われてしまうのを拒否しています。」「娘から、神への愛と忠誠を絶対に諦めないと聞かされていても、ときに、もう彼女が息をしないのではないかと恐くなり、彼女から目を背けてしまうことがあります。」さらに彼女は「何事も神のご意志ですし、私の病気にだって理由があるのです。」とさえ言うのです。
「私たちはみんな、わたしの知っているこれらの少女達から沢山学べたし、カッシーのことをとても誇りに思っています。(We could all learn a lot from these girls I know I have and I am so proud of Cassie.)」
(全文を訳しました。でも、最後の行の前半はどう訳せばいいのでしょう。)