2012年5月アーカイブ

ガーダシルの犠牲者の記録(2)

SaneVAXのVICTIMSから、亡くなったかたの記録を探してみましたが意外に少ないのです。詳しい経過は、ジャスミン レナータさんのものだけとおもいます。考えてみますと、ガーダシルの副反応で亡くなるときには、例えば Chistina さんの場合のように、カレッジのベッドで突然死しているところを発見されるのですから、基本的に副反応の経過の記録が残せないのです。本当に突然死が多いのです。
ジャスミンさんは、2008年9月18日に第1回目のガーダシルの注射をして、亡くなったのは翌年の9月22日でした。1年と4日という長い経過をたどったジャスミンさんの記録は大変貴重と思います。

wartsを"イボ"と訳しましたが、ガーダシルの注射のあと"イボ"が出現したというのは驚くべき事です。2週間めというのは、HPV(ヒトパピローマウイルス)に対する抗体が上がってきてもいい時期です。ガーダシルは、皮膚に"イボ"をつくるヒトHPV 6,11 に効く、というのが売りの文句なのです。
この現象のもっとも単純な解釈は、ワクチン液の中に生きたウイルス粒子が入っていたのでないか、ということです。さらに重大なことは、HPVは粘膜の表面に局在するのに対し、注射で入れられた場合、体の内部、流血中に入るということです。

もうひとつ、経過からはっきりわかることは、ワクチン接種の度に、体の抵抗力~免疫力が低下してきている、ということです。これは、ワクチンの問題を考えるとき、極めて重要な視点と考えます。

ジャスミンさんの例は、ガーダシルが全く効かないということを疑うに十分な例です。
また、ガーダシルは、一部のひとには非常に危険なものであることを示しています。

一体、ニュージーランドの医師は何をやっているのでしょう。ワクチンの副反応が起こっているのは明白です。どうして、2度目、3度目と射つのでしょうか。最後の行で、家族は医師にウソを言われた、と感じているのがわかります。


Jasmin2.jpgジャスミン レナータさん

享年 18歳

ニュージランド ウエリントン

2010年 1月14日 ヒラリー バトラー Hilary Butler によって書かれました。

ジャスミンは、健康の問題など全く起こったことのない、とても健康な少女でした。2008年9月18日、最初のガーダシル(Lot no. NJ02260)の注射のあと、手と皮膚に"イボ"が出現し、彼女の雰囲気が変わりました。イボは10月20日に焼いてもらい、再発はしませんでした。11月18日、2回目(NJ11440)の注射後、機嫌がさらに悪くなり、2週間以内に再びイボが出現し、2009年1月28日に焼いてもらいました。2009年3月17日、3度目(NJ011440)の注射後、時計仕掛けのように、2週間以内に、3度もイボが戻ってきました。ワクチン接種と同時に、医師により、避妊のためにDepo Proveraが注射された、ということを記しておきます。

しかし、すでに教えられているとおり、私たちは、ガーダシルは、性器にできる"イボ"でも、他の部位の"イボ"ができることとは関係ないと知っています。私たちは偶然におこることもあるだろうといわれました。だが、ワクチン接種のたび"イボ"が生じて、それも3回も繰り返したとなると、偶然の一致ではありません。どれくらいの少女でこのようなことが起こっていて、そして関係がないと告げられているのでしょうか。

ガーダシルの注射のたびに、ジャスミンの気分と行動が変わりましたが、10代の子供を持つ母親のように、ジャスミンの母親ロンダは、10代の娘がしゃべりたがらない"人間関係"の問題による、ジャスミンの生活からくるストレスのせいにしまいました。ジャスミンの示したわずかの症状は、いろいろな原因を考えているうちにぼやけてしまいました。彼女の胸痛は一方に追いやられました。動機は無視されていきました。朝起きると枕を唾液でぬらしていたことは、たまたまの出来事とおもわれました。今や、普通なら頭を使わなくても出来るはずの単純なことが出来なくなってきていること、判断がこんがらかること、くよくよしていること、でもこれらは忘れ去られていきました。しかし、それはジャスミンの死に向かって、ジグソーパズルが互いに埋まっていくようなものでした。一転して、不意にガーンと顔をなぐられます。医療関係者以外には、そうみえます。

ジャスミンの2009年3月17日の3回目のガーダシルの注射後、ジャスミンの免疫システムは何かと張り合ってもがいていました。すぐさま、ジャスミンの気質は興奮しやすくなり、ガミガミ屋になりました。彼女は、腕に力が入らなくなり疲れ易くなったと、いつもこぼしておりましたが、私たちは、彼女が他人のためにいままでより余計に仕事をしていたからと思っていました。彼女は可能な限り、日中も寝ていました。

しかしながら、腕の痛みは続いていて、彼女はよく、ピンや針が入っていて、理由なく突っつかれているといってました。彼女は午前に寝入りはじめ、午後の仕事の前にも、日中も寝ようとしていました。彼女はものを落とすようになりました。

彼女は沢山食べるようになりましたが、体重は増えませんでした。

2009年以来、ジャスミンは不器用になったと言い始めました。彼女はこんなふうに言うようになりました。「神様、私は不器用になっています」、彼女はぶつかるようになり、食べ物を落とすようになりました。彼女は仕事でもよく物を落とすと、こぼしておりました。彼女の性格の揺れはさらに移り気になっていきました。

ついに私は「この子は自分の能力を無くしている..、自己判断能力を無くしている..、単純なことがどうしてできないんだろう」と思うようになりました。

そのころには、私たちはジャスミンの思考がおかしいことに気づき始めました。たとえば、彼女は私に、「ニンジンをつぶさせてくれない?」といいました。私は「いいわよ、お願いね」と言いました。彼女は潰し器とニンジンを取り出し、私をみて、「潰し器はどうやるの?」。ニンジンとチーズなんかを、もう何百回もつぶしてもらっていたので、それは驚きでした。ジャスミンはこんな風にすら言いました。「あれ、どうしてダメなの!」こればかりではありません。彼女がやっていた他のちょっとしたことでも、やり方を知らないようにみえました。それは子供に教え直すようなものでした。

あるとき、彼女は「今週私のお金で何をしなきゃいけないの?」こんなことは、以前はちゃんとできた子供でした。思い出しますと、ちょっと計画を忘れるようになりました。自分のことの決定や、簡単な仕事をどうやるのか、できなくなっていました。彼女は、他人の仕事のシフトをやるべきかということさえ私に尋ねてきました。ついに私は「この子は自分の能力を無くしている...、彼女の判断能力はどこへ行ったのだろう...、どうして単純なことがもう出来ないんだろう」と思うようになりました。

5月頃、ジャスミンは脚、背中がひりひり痛むと言い始めました。

6月になると、ジャスミンは間をおいて、胸痛、動悸を訴えていました。私たちはストレスのためなのと聞きましたが、彼女はそうじゃないといっていました。彼女の仕事仲間は、Jazzはとっても疲れていて、不平ばっかりいっている、と言っていました。彼女は彼らにがみがみ言い、気分がよくないと何度もこぼしていましたし、仕事の無いときは寝ないといけないと言っていました。

8月の初め、ジャスミンは風邪をひきました。普通なら、2日でなおり、これまで何か必要としたことはないのですが、今度ばかりは、どんどん悪くなっていきました。彼女はズキズキする、背痛と腹痛を訴えていました。またしても"イボ"が出てきました。ジャスミンの風邪は決してよくならず、9月21日、彼女の亡くなる1日前にも、鼻水が止まらないとこぼしていました。風邪の間、すこし頭痛を訴えていましたが、死に至ってしまいました。

彼女の肌は変わってしまい、いつもより沢山の吹き出物が出て、彼女をうろたえさせていました。ジャスミンは、また"イボ"にもっと沢山の液体窒素をかけてもらいましょうと言っていました。

彼女の死の一日前に撮られた写真は、具合がいいようにはみえません。彼女の髪は長く、とても疲れているようにみえます。それでも、彼女はいつも空腹で、いつもより沢山食べていました。いつもより沢山食べていたことは、6週以上も風邪が続いていて常に疲れている病気の少女に似合いません。ジャスミンは感情的にも、体力的にも、知的にも下り坂でしたが、誰にもそれが(ガーダシルのせいだとは)わかりませんでした。なぜなら...、"このようなことはガーダシルのあとでは起こらない。"(と言われ続けていましたから。)

(全文の訳です。最下行とその上の行の()内は訳者の考えで補ったものです。)

ガーダシルの犠牲者の記録(1)

2009年、新型インフルエンザ騒ぎの時、インフルエンザワクチンの接種後に133名の死者がでました。2010年末、私は、133名の死がどのようにして起こるのか調べたいと思い、資料を集め始めました。しかし、厚労省のPDFファイルしかないのが現状です。
年が明け、2011年1月17日、製薬メーカー(GSK)と大崎市役所の共催で、子宮頸がん(予防)ワクチン、サーバリックスの説明会がありました。突然、新種のワクチンが視界に飛び込んできたようなものです。メーカーの資料を見て、痛みがひどいことに驚きました。また、ワクチンの作り方が新しいといっても「不活化ワクチン」であることには違いがなく、これは効かないだろう、と直感いたしました。その証拠に、アジュバントは入れてあるは、3回も注射するは、です。
それに、もう翌月から接種を始めるというのです。
アジュバントの入っていないインフルエンザワクチンでも133人も亡くなるのです。アジュバント入りの副反応の強い子宮頸がんワクチンならなおさらです。
そのため、子宮頸がん(予防)ワクチン接種に反対の意見を表明いたしました。

SaneVax Incのホームページに、ガーダシルの犠牲者の記録があります。ワクチン接種後の副作用がどのようにおこるのか、私は非常に興味を持って読みました。私は今まで、ワクチン被害者が書いた、詳しい経過の記録はあまり見たことがありませんでした。殆どの医師も知らないと思います。読んで驚愕いたしました。ワクチン接種を考えている方々にも、大変参考になるものと思います。
長い物は4ページもあり、抄訳にせざるを得ませんが、なるべく全文を、逐語訳的に訳して紹介したいと考えております。読んだ順に、あるいは印象深かったものから載せていきます。文章の量が膨大になるため、公開の方法を検討しております。

1人の力では翻訳にも限りがあります。関心のある方は是非翻訳して公開していただくようお願い申し上げます。翻訳していただいたものを、このブログで公開するという手段もあります。その場合はトップの「医院案内」のほうから連絡していただければ幸甚です。
当院のFAXは、電話番号と同じ 0229-23-0006 です。

以下の事例を読んで頂ければわかりますように、ワクチンの副反応は頻度は少ないといっても、起こったら人生がメチャメチャになります。
人間は丈夫に出来ています。ですからワクチンなんかいりません。
人間は40、50歳くらまでは殆どがんにならないようにできていると思います。

アメリカからの健康被害の輸入は止めさせましょう。
ロクでもないものの押し付けにもほどがあります。



Zeda1.png エイミー さん 13歳  インディアナ州
Amy Castelbery Pingle, Indiana

ワクチンによる障害を考えるとき、普通はワクチンを注射された本人のことを思い浮かべます。でもそれは物語の全体ではありません。実際に注射された人の家族、友人、まわりの人すべてに衝撃を与えるものなのです。1人がガーダシルの注射で完全に障害を負ってしまった、4人の子供をもつシングルマザーの、この物語を考えてみてください。この母親は、娘が左の写真から次の写真のように変わって悪くなっていくのを見ていたのです。どうか、彼女(母親)自身の言葉で語られた物語を読む時間をとってください。

私は男の子2人、女の子2人のシングルマザーです。私たちはインディアナ州のLake Stationに住んでいました。長女のゼダが病気になるまでは、普通の生活をしていました。私はフルタイムの仕事をし、13歳のゼダはチアリーダーで、優秀な生徒(straight A student)した。彼女は私にとっては、他の子供と一緒になって大きな手助けとなってくれていました。
私はいつも子供たちの健康に気を配っていました。健康チェックに連れていき、医師の薦めるワクチンはどんなものでも、彼らはうけました。子供たちは全員、そこら辺に流行する単純な風邪を除けば、完全に健康でした。そう、完全に健康だったのは、2008年11月5日、ゼダの健康チェックに訪れた時まででした。彼女の人生は、彼女も知っていた様に、家族の残りの者と一緒に完全に変わってしまいました。
ゼダの小児科医は、私も今は知っていますが、ヒトパピローマウイルスワクチン、そう、ガーダシルの注射を提案してきました。「OK、これは彼女の健康を守るためにやろうと思っていたことだわ」と思いました。医者はやると言い、私たちは注射させました。私は、このワクチンは彼女のような少女向けということ以外、全く何も知らなかったのです。副作用については、注射したところが腫れるかもしれないということ以外は、何も言われませんでした。
一週間して、ゼダは、頭痛がするとか、胃が悪い感じがするとか、あちこち具合が悪いと言うようになりました。おそらく、あなたの同い年の娘のように、ゼダは drama queen (とりとめもないことを言って気を引く人)だと思っていました。彼女がこんなことを言うときには、横になるようにと言い、今日は大変だったのね、とつぶやき、タイレノール(鎮痛剤)を飲ませたりしておりました。このような小さな事が赤信号だとは思いもしませんでした。
2008年11月28日、ゼダの妹を、その友達の家に寄って連れて帰る途中でした。車に乗っていて、ゼダは携帯電話を何度も落とすようになりました。突然、息子が「おかあさん、ゼダが何か変だよ!」と言いました。彼女は叫びながら、よだれを流し、視線は宙を泳いでいました。私には、彼女がてんかんを起こしているように見えました。私の兄弟がてんかんだったので知っていたのです。そして、ERに駆けつけました。
ここは、彼女の診断についての混乱のスタート地点でした。まず、ERの人たちは、ゼダが薬を飲みすぎたのだろうと咎めました。彼らは彼女の顔の前で、何を飲んだか言え、とどなりました。私はとっても恐くなりました。わたしは、何が何が起こっているのか分からず、ここの医師と看護師たちはゼダに怒鳴り続けました。ゼダは私と同様怯えていました。彼女は何かひどく悪くなっていることが分かっていたのだとおもいます。ただ、混乱していて、どうして欲しいか言えなかったのだと思います。間もなく、ゼダはERの真ん中で大きな痙攣を起こしました。それで、かれらは私たちに真剣にあたるようになりました。その時までに、彼らは薬剤のテストをしていて、違法薬剤については陰性でした。
このような恐ろしい数時間が過ぎて、ゼダは、小児神経科医と彼女の小児科医のいる私たちの地域の病院に送られました。そこで、必ずや何かの答えが得られるだろうと思っていました。
いろいろな検査が行われ始めました。この時点では、ゼダは文章全体を言うことができず、一度にわずか数語しか言えなくなりました。彼女はとっても怯えていて、ひどく泣いていました。MRI、CT、脳波、脊髄穿刺の検査が行われました。何を探しても見つからず、すべての検査は陰性(異常無し)でした。ただ、MRIでは右脳に影があり、やっとウイルス性脳炎として治療しました。しかし、ゼダの健康は悪くなっていき、小児科医はゼダが自分のためにやっているのだ、"仮病(faking)"だと言いつづけました。地域の病院にいる4日間に、ゼダは話さなくなり、食べなくなり、歩かなくなり、尿をもらすようになりました。本当におかしいと言っていたのは医者でなく、看護師たちでした。精神科医がきて、検査して専門医の意見として「仮病でない」と言ってくれるまで、彼女の症状は重症だとは思われていませんでした。ある看護師が今いる専門病院に行くべきだと言ってくれました。
私たちは同意しました。45分で、インディアナポリスのリレイ子供病院に逃げるように飛んでいきました。そこでも、彼らは仮病だと彼女を責め続けました。彼らは仮病の行動を捕らえようと、24時間のビデオモニターを設置し、2週間監視し続けました。そして、検査また検査とやり続けましたが、すべて陰性でした。彼女は止められない動き(不随意運動)をするようになり、極端に心拍数が多くなり(180/分)、華氏108.7度(摂氏42.6度)まで発熱し、一時は(薬により)医学的に昏睡にされました。ここに至っても、医師たちは何が悪いのか、なぜ起ったのか私たちに教えることができず、かわりに私たちを責め、仮病を証明しようと多くの時間を費やしていました。誰も、ゼダがこうなったのはガーダシルワクチンのためだと、記録に残るように言おうとはしませんでした(No one would go on the record to say that the Gardasil vaccine did this to Zeda. )。
とうとうゼダは肺の機能を無くし、人工呼吸器に数ヶ月つけられました。気管切開がなされ、栄養チューブが設置され、彼女はもう自力で呼吸することも食べることも出来なくなりました。私たちはリレイ子供病院に4ヶ月いましたが、医者たちはまだ、何が起こったのかを告げることができず、ワクチンの反応でないことは確かだ思っている(they are sure it was not a vaccine reaction)とだけ言いました。これは、もともとは健康な少女にHPVワクチンをした後に起こった同じような反応の、沢山の事例と背馳しています。
Zeda2.png 今日、ゼダはまだ気管から呼吸し、チューブから"食べて"います。彼女は私たちの家のリビングに置いた病院用ベッドですごし、反応はなく、時間ごとケアと毎日の巡回看護婦の訪問を受けています。
これは私の定められた戦いとなりました。。。彼女がよくなるように日々戦っています。ここで、私が知らなかった事をお教えしましょう。他の親御さんたちも私と同様、知らないのです。私はワクチンは子供たちを守り健康にするものだと考えていました。ワクチンには、こういうことは出来ないのだ、とは知りませんでした。今まで誰も教えてくれませんでした。私のお医者さんは、リスク(危険の度合い)があることは決して教えてくれませんでした。(娘に起こったような)ことがおこるなんて誰も教えてくれませんでした。私は、ワクチンをするなとは言っているのではないのです。しかし、あなたにワクチンをするように圧力をかけた人たちは、誰も、起こったことの責任をとりません。親として、あなただけが責任を負うのです。ワクチンを射つなら、それぞれのワクチンの必要性について、本当に肩の力を抜かなければなりません(you better be comfortable about the need for each vaccine)。なぜなら、どんなときでも子供にワクチンを射つときには、必ずリスクがあるのです。親は、ワクチンについて、いまどんなことが問題になっているかを理解しておくことは、とっても重要です。
私は、ゼダにワクチンを打たせると決断したことを、とても深く後悔しています。娘は人生の質というものを、すべて失ってしまいました。娘が良くなってくれるなら何でもしてあげたいのですが、誰も答えを教えてくれません。彼らはまだワクチンが原因だとは信じていません。今や娘は病気ですが、誰も、赤ちゃんのようになった私の娘を助ける方法を知らないのです。

(管理人、訳者追加:全文を訳しました。Zedaさんに関しましては、2011年7月21日付けのもう一つの文書があります。著しい発熱と痙攣を示した例に、サーバリックスの犠牲者のLucy Davisさんがあります。ゼダさんがこのビデオに出てきます。子宮頸癌ガーダシルワクチンに発見されたバイオハザード




Savanna1.pngサバンナ さん 12歳 オハイオ州  Savanna from Ohio

サバンナの母親が彼女を定期的な健康チェックに連れていったとき12歳でした。そのとき、医師はガーダシルを勧めました。二人とも断りました。母親はガーダシルについて何ら否定的な意見は聞いていませんでしたが、家系にガンはないし、サバンナは性的に活動的な時期でないし、余計な注射は不要だと考えていました。
医師はその決断に不愉快そうで、それから15分、サバンナの母親に、ワクチンを打っておけば助かるのに、パヒロマウイルスに感染したりガンになったらどんなに怖いか、と話しました。
その時点での彼女らの知識では納得したわけではないんですが、サバンナと母親は医師の薦めに従うことにしました。今となっては、何としてもその決定を取り返したいと考えています。
サバンナは3種の追加接種、ガーダシル、それに鼻吸入のインフルエンザワクチンの接種をうけました。

その後の数日、寒気がし、高い熱がでました。母親はいままでの数々のワクチン接種の経過から予想の範囲と考えていました。
一週間後、サバンナの腕に大きな結節ができ、痛むので、病院を訪れました。彼女は何かおかしいと感じていました。
母親はインターン(女性)に、この結節はガーダシルを注射した方の腕に出来たのか、と質問しました。インターンは彼女のカルテをみて、そうだと思う、と言いました。
ところが当の医師(女性)が見えたとき、反対側の腕だと強調して言いました。医師とインターンは「カンファランス」があるといって、部屋を出て行きました。
外へ出て行く間、サバンナは涙目で、「皮膚の下で虫が蠢いているようだ」と言いました。母親は驚き、確かにそのとおりだと思いました。母親は何と言ったらよいか分かりませんでした。

サバンナは、2回目の注射は受けませんでした。

数週間、サバンナは次第に具合悪くなっていきました。この学校に行くことが好きな少女は、週に2度も、具合が悪くていけないと、寝室から母親にメールする程でした。
症状はひどくなり、どんどん進行していきました。
ホラー映画のファンの少女は、皮下で蠢いている"ムシ"を思い出させるというので、ホラー映画を怯えるようになりました。

夏が来て、失神するようになりました。それまで、誰もが彼女は次第によくなるだろうと考えていました。今やそうではなくなりました。
Savanna2.png
それ以来、サバンナの症状は、視力障害、(筋肉の)ピクピク、しびれ、者忘れ、集中できない、混乱、頭がすっきりしない感じ、呼吸できない感じ、朝目を覚ましたとき体が動かない、脱毛、などなど....と拡がっていきました。
サバンナは、母親だったら思い浮かぶような、適切な言葉をつねに見つけることはもう出来ないようです。彼女は目が覚めるとき、まわりの人の心を暖かくするようなに心がけています。母親は、娘が体験した、人生を変えるようなトラウマに会わないように子供たちを見守ることを使命と考えています。
(全文を訳しました。)

 


 

DanielleandChad.pngダニエルさん(15歳)とチャド君(17歳)フロリダ州

ワクチンによる障害が報告されることは稀です。ワクチンによる障害のリスクを、雷に撃たれるリスク(より少ない)と、比較して言う人がいます。そんな人は、この話を読んでから、この家族にそう言ってみなさい。他の人々と同様、この家族も、最新の "奇跡のワクチン" の接種に同意したとき、こんなことが起こる可能性は全く考えませんでした。

2009年12月、14歳のダニエルはガーダシルの最初の注射をうけました。

ダニエルの2回目の接種の時期が来たとき、両親は、このワクチンを息子にもしておくことはいいアイデアだ、と考えを決めておりました。それから3週間も経たずに、悪夢は始まりました。

ここからは母親によって書かれた彼らの物語です。彼女以上に適切に語れる人はいるでしょうか。

2009年12月22日、かかりつけの小児科医の勧めで、娘にガーダシルを注射させました。医師はガーダシルの副作用の書かれた効能書きをくれました。それには注射箇所の腫れ、微熱と書かれてました。通常でないこととか危険とは書かれておりませんでした。その効能書きが2007年に改訂であることには疑問を持ちませんでした。私の知識では、重大な副作用は無いと思っていました。

2010年2月26日、ダニエルは15歳でしたが、髄膜炎ワクチンと一緒に、2回目のガーダシルの注射を受けました。同時に、チャド(17歳)に、髄膜炎ワクチンと同時にガーダシルの第一回目の注射を受けさせました。そのとき、私はナースに同時に注射して大丈夫かと問いましたが、全く大丈夫(totally safe)、という答えでした。同じく、2007年10月の日付のCDCの説明書きをもらいましたが、悪い副作用は書いてありませんでした。

2010年3月17日の夕方、夕食の後、ダニエルは、とっても疲れた、長椅子でちょっと眠りたい、と言いました。チャドと父親は別の部屋でチェスを始めていました。(私はそこにいませんでした。)
20分ほどして、父親は別の部屋に行き、ダニエルが床の上で静かに眠っているのが目にはいりました。ダニエルを起こそうとしましたが、長椅子と床に尿失禁しているのがわかりました。ダニエルは意識が混乱して、どうして床の上にいるのか分からないのでした。彼女を起こしてみると、顔中にひどくケガをしているのがわかりました。顔中の血管は切れていました。片方の目の上に大きなこぶが出来ており、両方の白目の部分は血液で赤くなっていました。あたかも、マイク・タイソンと一緒にリングに上げられたようでした。

911(救急隊?)に電話し、ERに駆けつけました。私はERで父親、チャド、ダニエルに会いました。ERで血液検査、CTスキャン、その他の検査が行われました。すべて正常でした。彼らは、何か新しく薬が処方されなかったか、薬物に手をだしてないか、酒を飲んでいないかと質問しました。私たちは、ガーダシルを注射したことだけを告げました。彼らは解散していきました。おそらく大発作のてんかん(グラン  マル grand mall)でしょうということで、数時間後に退院させられました。病院にいる間、ダニエルは両脚がピリピリすると言い続けていました。

次の朝の早いうちに(午前8時)、子供家族サービスの役人が警官を伴って、玄関にいました。彼らはダニエルに会って話したいと言いました。私は、彼女は寝ているし、昨夜は殆ど寝ていない、と言いましたが、彼らは、会いたいんだと強調しました。
ダニエルは私のベッドで寝ていたので、彼らを私の部屋に案内しました。彼らは私に電灯をつけさせ、彼女を起こしました。彼らは彼女に話しかけ、何が起こったのか質問しましたが、彼女は知らないと言いました。
彼らは私を部屋から出しました。彼らはドアを閉め、彼女に職務質問しました。私はリビングルームにいました。警官は、カメラを取ってくる、このような傷は長椅子から落ちて出きるはずが無い、と言いながら出てきました。
彼女の件が終わると、どうしてこうなったんだと、私に職務質問を続けてきました。私は手がかりがないと言いました。彼らは父親がやったに違いないと推論してましたので、私はそんことは起こるはずがないと保証しました。
後日、私はダニエルから、私が部屋の外にいる間に、彼らは、薬物をやっていないならこんなことが起こるはずが無い、と言っていたことを知りました。

児童虐待の疑いが私たちにかけられました。次の日、私たちはダニエルを医学的検査に連れていきました。そこで、彼らは、ダニエルの着物を脱がせ、虐待の後がないか体の隅々まで調べました。

友人が、10代の少女の原因不明のてんかん発作について、インターネットで調べてくれました。彼女は、ダニエルがガーダシルの注射を射ったことがあるか、と電話して聞いてくれました。これが、(てんかん発作とガーダシルの)つながりができたときでした。
私もいくつか調べて、DCFに電話して、係にガーダシルとの関係を調べるように言いました。一月以内に、児童虐待の疑いは解かれました。

ダニエルを神経内科医に見せ、脳波が撮られました。それは異常無しでした。私はガーダシルの注射で起こっている少女たちの問題について説明しましたが、彼(医師)は、(てんかんとガーダシルの)関係づけることを拒否しました。

ダニエルは、唇を咬んで起きてくることが数回ありましたが、私たちの知識では、てんかんの大発作(グラン マル)はもう起こっていないと思っていました(神様に感謝します)。彼女は首から下に数えられないほどのマヒがおこっていました。神経内科医はこれは「正常だ」といいました。彼は睡眠時の麻痺(sleeping paralysis) だといいました。彼女にはそんな既往はなく、私たちは正常だとは思っておりませんでした。

2010年5月10日の朝、仕事をしていましたが、携帯電話が鳴りました。それは子供たちの学校(high school)からのものでした。私の息子、チャドが、てんかんの大発作を起こしているとのことでした。どこの病院へ送ったらいいかということで、私と父親はそこで彼と会いました。
ERにいる間、チャドは急に変な感じがおこったとき、教室でどうだったかを説明しました。彼は耳が聞こえなくなり、次に声とややかましい音楽が聞こえてきました。天井を見上げたのを覚えているだけでした。

見ていた人の話では、発作は非常に荒々しく、2分半ほど続いたということです。

私たちはERの医師に、私の娘は、最初のガーダシルの注射から85日目に発作がおこった、息子の場合は、ガーダシルの最初の注射から83日目だと説明しました。ERの医師に、基本的に、ガーダシルは少女たちの為のものであり、あなたたちはクレージーだと言われました。(医療関係者はガーダシルが男の子たちに使われていることさえ知らないのだろうか?私たちはいつも同じような言葉を沢山の医師から聞かされてましたよ。)

ERからダニエルを診ている神経内科医に電話し、次の日に来て診てもらうことにしました。彼らはチャドの脳波を撮りましたが、(ダニエルと同じく)正常ということでした。神経科医師はガーダシルとの関連を否定し、"家族性"のものだと言うことを望んでいました。

2010年6月2日に再び、仕事中でしたが、学校から、チャドがまた大発作を起こしたと電話がありました。再び、ERで彼と会いました。そこにいる間に、チャドは最後に覚えていることを説明していました。すると、彼は私を見て、「母さん、また起こりそうだ」と言いました。
チャドはERの中で大発作を起こしました。スタッフが来て、Ativanを注射しました。発作が終わると、薬のおかげで、発作から抜けられました。
約10分後、チャドはまた発作をおこしました。彼はAtivanにアレルギー反応を持っていましたので、著しく乱暴になり、聞き分けがなくなりました。彼を押さえつけるのに8~10人必要でした。

ERの医師たちはValiumを試みました。全く効きませんでした。彼らは最終的には全子供病院(All Children's Hospital)に転送せざるを得ませんでした。そこのICUに入れられ、数日過ごしました。彼は一日中、脳波の電極を着けられ(モニターされ)ましたが、何もわかりませんでした。このころには、大量の抗痙攣剤を処方されました。

2010年7月17日の夕方、私はベッドで寝ていましたが、チャドが私を呼んで大声をあげ始めたのが聞こえました。私が駆けつけるとチャドは怯えた顔をして、台所の床に座っていました。
私は叫びました。「チャド、どうしたの?また起こりそうなの?」
彼は喋れず、頭を上下に振るだけで、怯えた顔をしていました。
私は彼の妹に911に電話させましたが、まもなくチャドは大発作になっていきました。
数分後EMTが到着して、心拍数が非常に早いので、病院に収容しなければならないと言いました。彼は全子供病院に入院させられました。そこにいる間中、彼はずっとオーラを見続けていました。彼は嘔吐し、酷い頭痛と肩の痛みがしていました。それにも関わらず、退院させられました。

私たちは午前5時半に家に着きました。午前8時に、彼はまた大発作を起こしました。結局、また入院しました。再び、数日、脳波のモニター電極が着けられました。入院中数回オーラがありました。ついに、異常がつかまりました。チャドはてんかんと診断されました。

強い抗てんかん薬にも関わらず、発作とオーラは起こり続けています。発作と薬に伴ううつがおこり、耐えがたくなりました。7月29日に大発作があったとき、医師は別な薬を加えました。発作、うつ、肩の痛みに加えて、チャドは激烈な胃の痛みを経験していました。私たちは種々の検査をする医者を探しはじめました。胃の中に、良い細菌はいないとされました。彼はビタミン欠乏症であり、スーパープロバイオティックス(suprer pro-biotics)、ビタミンMB12注射(これは自分で注射しなければならない)、ビタミンK2、ビタミンD、スーパーマルチビタミン(Super multi-vitamine)、魚油、などを摂らねばならないとされています。彼は毎日22錠近くを服用しています。

下痢のため、特別な食餌を摂っていますが、今のところ効果はありません。彼がよくなるように、何か方法があるのではないかと希望を持っています。
彼は気力を失い、気持ちを集中したり根をつめたりできません。チャドのGPAの成績は4.7でした。今や、彼は、単純なことさえ覚えられない、学校で頑張れる時間がとれないと言っています。

ダニエルの状態がいいので、私は感謝していますが、刃の上を歩いているような思いです。先週末(2010年10月23日)、めまいの発作が繰り返し、彼女は怯えています。彼女にこんなことはありませんでした。何か新しいことが彼女に起こらないように祈りましょう。

ガーダシルのワクチンが射たれるまでは、私の子供たちは二人とも美しく、利発な、とても健康な子供たちでした。今でも二人は美しく、利発なのですが、健康と幸福に関して大きな変化がおこってしまいました。

私たち(親の)家系にはてんかんの家族歴は全くありません。しかしながら、医療関係者は、てんかんの原因を遺伝的以外のものとみる事を拒否しています。彼らは、私たちの子供に本当に何が起こったかということを受け入れることを拒否しています。

SaneVaxからの注:チャドとダニエルは独りではありません。VERSのレポートによれば、HPVワクチンの注射のあと、140のてんかん大発作、24の小発作(Petit Mal)、77のてんかん、951のけいれんの事例の記録が有ります。
(全文を訳しました。)

(訳者意見:アメリカの医師は、ガーダシルが効かないことを知っています。子宮頸がんがヒトパピローマウイルスにより発がんし、そのウイルスが性交により男子からもたらされると考えるなら、この両親がとった選択はとても歓迎されるべきなのです。母親は「医者たちがそうしろと何度も言ったんじゃないの」と言っています。アメリカの医師のダブルスタンダードが目立ちます。また医師がウソをつきます。ヒトパピローマウイルスは、男女を問わず、赤ちゃんから大人まで、口の中、性器から、2、3割の方で検出されます。日本においても、女性にだけHPVワクチンを注射しようとするのは、女性に対する差別、虐待だと考えています。とにかく、こんなものはワクチンの体をなしていないと評価すべきと思います。)


TPPは政府機能の乗っ取り ー 絶対反対です

子宮頸がん(予防)ワクチンの発がん抑止効果は証明できない、ワクチンは何万人か接種すれば必ず死者がでる(健康な10代の少女です!)ということに気づき、このワクチンによる犠牲者を一人でも出さないようにと思い、このブログを立ち上げました。

昨年は大震災、大津波、4基もの原発の事故と、まさに未曾有の大災害が続き、このブログでもそれらに触れたため、混乱の状況を呈してきたことを気にしております。
それでも、もう一つの問題について意見を表明しておきたいと思います。

TPPの本当の狙いについてです。

TPPは日本政府の機能を奪うことを目的にしています

私は1)、2)、3)の本を順に読んで気がつきました。

1)伊藤  貫 著:「自滅するアメリカ帝国」日本よ、独立せよ、文春新書

2)植草一秀 著:「消費増税亡国論 」三つの政治ペテンを糺す、飛鳥新社

3)カレル・ヴァン・ウォルフレン著:「日本を追い込む5つの罠」角川oneテーマ21

4)ニコラス・シャクソン 著:「タックスヘイブンの闇」朝日新聞出版

5)森永卓郎 著:「庶民は知らないデフレの真実」角川SSC新書

植草氏の著書で、小沢ー鳩山ラインと、菅以降の政権では、消費税、アメリカに対する考え方が180度違う事を知りました。
管氏はアメリカ訪問、アーリントン墓地に献花して、TPP参加を言い出します。
野田氏はアメリカに呼ばれ、念を押されたようです。


またこの著書で、野田氏の変節、小沢裁判の本質を知りました。

植草氏は、日本政府の財務分析を示しております。いますぐ消費税率を上げる必要のないことが理解できました。

「タックスヘイブンの闇」は是非読むべき本です。多国籍企業、銀行、大金持ちがタックスヘイブンを利用し、税金を払わない実態がわかります。結局、庶民に課税、すなわち消費税です。


森永氏の著書は、日本政府さえも、金持ちに甘く、庶民に厳しい税制をとっている実態を示しています。
このように、野田政権のすすめようとしている消費税増税、TPP参加は全く必要の無いものなのです。

小沢裁判は一日も早く、止めるべきです。再審申請すべきでありません。
どのような人たちが小沢裁判を引き伸ばしたがっているか、わかるようなものです。

ガーダシルの副反応による死者が、世界で100人を越えているという現実がわかり、私としては、アメリカのサイトの資料をまとめる方を先にやらねばなりません。
TPP問題には時間を割けませんが、TPPは問題は、日本人の独立と自由について極めて重要な問題であり、また厳しい局面に立っていると考え、意見表明をいたします。

わたしは、スペイン人によるインカ帝国の略奪と破壊、および、イギリス人を中心とした北米入植民による北米インディアン絶滅の歴史に関心をもって書を読んでまいりました。そして、被征服民の味わされた数多くの悲劇、苦衷を知りました。それらは現在も続いています。


防衛武力の無い国家がどういうことになるかは、終戦のドサクサに乗じてソ連が日本を攻撃してきたときのことを見ればわかります。満州からの引き上げ者たちの味わされた悲劇、武装解除された元日本兵のソ連への抑留と強制労働、さらに日本の領土だったサハリンほか北方4島を奪われたことを思い起こしてください。

ソ連だけを特別恨んでいるわけではありません。
アメリカはイラクに戦争をしかけ、捕虜にどんなことをしたでしょうか。
中国はチベットにどんなことをしたでしょうか。
フランス、ギリシャ、ドイツの極右政党の党首は、移民に対してして何といっているでしょうか。
イギリス人のアイルランド人に対する態度は「麦の穂を揺らす風」という映画DVDによく表されています。

1945年8月の終戦時、日本国民、日本の国土を守れなかったということで、誰か責任をとったでしょうか。
日本人も敗戦のショックで、責任を追求しようとしませんでした。

政府の役割は、国民の生命、財産、国土を守ることです。
わたしたちが気兼ねなく住める国土、生活の基盤である経済、歴史とアイデンティティーである文化を何としても保持していかなければらないと考えます。

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