ちあきなおみのシャンソン

ちあきなおみの歌についてブログに書いてみました。
そうしたら、かえって余計に、ちあきなおみの歌が気になってしまい、また聴き直してみました。

今回、とくに印象に残ったのがシャンソンでした。

若い頃のことをふと思いだすと、胸が苦しくなることがある。
それは人生が後半に入ったことを自覚したから。
世界は自分と関わりなく変わっていくことを知ったから。
「ラ ボエーム」はそんなシャンソンに思えます。

20代に過ごした、街、アパルトマンを訪ねてみた。
あの頃の愛、夢、語らい。
しかし、今は変わってしまった...。

暗い藍色の照明の舞台に、黒のドレスのちあきなおみが現れます。
ステージのデザイン、渋い、素晴らしいです。




ちあきなおみは、一輪の赤い薔薇をもって舞台に現れます。
歌詞は、恋人の女性の立場から、追憶として書かれております。
そして歌い終わり、椅子のうえに薔薇を落とします。

若いときの思い入れと熱狂を、今はたゆたうような「一抹の夢」にしてしまうところが、いかにも日本的かな、と思いました。
美しいビデオとおもいます

「ラ・ボエーム la boheme」と言ったら本家のシャルル アズナブールの歌を聴いてみないといけません。
心地よい響きの声、ほれぼれするフランス語とおもいます。

シャルル アズナブールは白いナプキンのようなもので手を拭きながら、歌い始めます。絵の具のついた指を拭いているのですね。
絵を描きながら、若い人に、自分の若いときの話をきかせようか、というシチュエーションなのですね。
「若い頃のことを話そう。20歳にもならない君たちにはわからないかもしれない。そのころはモンマルトルで絵描いて生きていた。幸福だった。自分の才能を信じ、時代の夢を生きていた。」
「モンマルトルを訪ねてみたが、昔の面影はなくなっていた。あのアトリエもなくなっていた。もう何も言うことはない。」
歌い終わり、ナプキンのようなものを捨てて去ります。



歌詞の訳はここがよいとおもいます。
フランス語歌詞 日本語訳 ラ ボエーム


「それぞれのテーブル」は、たわいないストーリーのシャンソン、と言ったら失礼だろうか。

レストランにいたら、別れた彼が、恋人と一緒に店に入ってきた。
ばつの悪さ。
しかし、懐かしい。
うれしい感情が蘇る。
彼の仕草を見てしまう、彼の声に耳を傾けてしまう。
でも、もう別々のテーブルにいるのね....。

詞の世界が、「ラ ボエーム」のようには成功していない。
なんかもたもたしている。
(曲自体が、バックの演奏が....)

でも、女性の心の動きをとらえた佳品とおもいます。
歌い始めの「店のドアが開き 入って来た人は 貴方だった」のところの、「あなただった」の歌い方、表情がとっても微妙。



(私は大学生のとき、第2外国語にフランス語を学びました。2、3年前から、テレビの語学番組を利用しながら、スペイン語に手をだしております。どちらも、ちょっとだけできる、という程度ですが。)

あわせてお読みください。

この記事について

このページは、さとう内科循環器科医院 - 宮城県大崎市が2012年4月 4日 12:59に書いた記事です。

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