NPH混合インスリン製剤、ノボラピッド30ミックスフレックスペンの攪拌不足でおこること

大崎市医師会報 第95号(平成22年10月25日発行)に寄稿したものです。一部図表が足りません。最下部にある画像を印刷しておよみください。


NPH混合インスリン製剤、ノボラピッド30ミックス注フレックスペンの撹拌不足でおこること


                           さとう内科循環器科医院

                             院長 佐藤 荘太郎

  私が恐る恐る糖尿病の患者さんにインスリンの自己注射の指導してからもう15年くらいになるでしょうか。そのころはカートリッジ式のノボペンIIとノボリン30Rのカートリッジだったと思います。
現在でも、
インスリンの自己注射を導入するとき、"とりあえず"、ノボラピッド30ミックス注フレックスペン選択になると思います。 食後高血糖に対する超速効型インスリンと、基礎分泌インスリンを補う中間型インスリンを含んでいるという納得、また日2回、朝晩食前注射という指導のし易さから選ばれるもの思われます。
 
ノボラピッド30ミックス注フレックスペンは、超速効型インスリンアナログ:インスリンアスパルト製剤ですが、30%がフリーの超速効型インスリンアスパルト、70%が中間型のNPH結晶インスリンアスパルトとなるように設計されたものです。
  速効型インスリンの理解は容易と思われます。皮下に投与されたインスリンは、6量体から、2量体、さらに単量体と解離し、毛細血管の血流に入ります。この過程を速くしたものです。一方、NPHインスリンはわかりづらいものです。インスリンの歴史を振り返りながらNPHインスリンの解説をまとめてみました。

  1921年にインスリンが発見され、22年には糖尿病の治療に使われるようになりました。精製したインスリンは、糖尿病の治療のためには効果の短いことが悩みでした。インスリンは血流入ると速やかに分解されるためです。インスリンの効果を持続させるためには、インスリンを結晶の形で皮下に投与し、解離と毛細血管血流内への移行を遅くすればよいと考えられたわけです。
  歴史的には、
大きく二つの方法が編みだされました。ひとつ、酸性タンパクであるインスリンに、成熟サケの精液からとられた塩基性タンパクのプロタミンを加えて塩の結晶するものでした(1936)。もうひとつはインスリンそのものを結晶化するには亜鉛が必要とわかり(1926)、亜鉛を加えて結晶化および懸濁するものです。
  インスリンにプロタミンを加えて結晶化する方法は
デンマーク人のJensen内科医Hagedornによって研究されました。インスリンプロタミンの飽和化合物がもっとも優れた性質を持つことがわかりました。そのため、このインスリンはisophane insulin とも呼ばれます。Hagedorn博士はこのインスリンをNPC インスリン(neutral protamine crystallin insulin)と呼んでおりましたが、アメリカのFDAは、Hagedorn博士の研究に敬意を表し、NPH インスリンと呼ぶことを提唱しました。NPHは、Neutral Protamine Hagedornの頭文字です
 
  NPHインスリンは微小結晶を形成し、
溶液中では解離しにくく安定しています。さらに、その溶液にレギュラーインスリンを加えた場合、レギュラーインスリンの速効性の性質が失われません。速効型と中間型の特徴をもつ、安定した混合インスリンが得られます。レギュラーインスリンは食後の高血糖を抑え、NPHインスリンは基礎分泌を補います。使いさから、日2回用、あるいは回用のインスリンとしてベストセラーになりました。現在でも、中間型インスリンとしては、超速効型インスリンアナログをNPH結晶化しているわけです。
  亜鉛を加えて結晶化懸濁化し
、インスリン作用の持続期間を長くしたものレンテ系のインスリンです。持続が長いといっても(16~20時間)、インスリン効果はフラットでなく、おおきな山があり、基礎分泌インスリンの代わりにはなりえませんでした。現在、日本では発売されておりません。
 
  20数年前のことになりますが、私にとっては、
塩酸プロタミンは心臓カテーテル検査の終了時にヘパリンの作用を中和するために投与する、なじみの深いものでした。この場合も、ヘパリンは酸性の物質です。現在、硫酸プロタミン販売は持田製薬ですが、ノボノルディスクファーマ社で製造されています。サケの精液が世界最大のシェアーをもつインスリン製薬メーカーの土台を造ったということでしょうか。

ノボラピッド30ミックス注フレックスペン冷蔵庫に保保管しておきますと、NPHインスリンの微小結晶が沈殿いたします。図1はノボラピッド30ミックス注フレックスペンを立てて冷蔵庫に保存しておいたものです。未使用のため、ピストンゴムは外囲プラスチックに隠れて見えませんが、その上に、白色の沈殿したNPH結晶インスリンが見えます。透明な上澄部分にはフリーのインスリンアスパルトがまれていると考えられます。

(図1、本文と異なり、未使用のものではありません)


目盛りより、沈殿部分の容積は約0.3mlです。そこに210単位のNPHインスリン活性が集中していることになります。残りの90単位のインスリン活性は、上澄部分の2.7mlに分布することになります。そうしますと、沈殿部分のインスリン活性濃度は、210単位÷0.3mlで、700単位/ml、上澄部分のインスリン活性は、90単位÷2.7mlで、33単位/mlとなります。

上の検討で得られた数字は以下の検討にとって極めて重要であります。それらが正しいかどうか、8月上旬、ノボノルディスク本社のメディカル&サイエンスアフェアーズ部に、図1~図3を添えて問い合わせをいたしました。しかし、10月上旬の時点で、まだ回答をいただいておりません。そのため、上の計算の数字を用いて議論をすすめます。


  図2は、図1とは逆さまにして、注射針の装着部に結晶を集めたものです。その状態を保ったまま針を装着し、実際の注射を模して、テストのため2単位、注射のため10単位をスライドグラス上に射出してみました(図3の下のスライドグラス)。この射出されたものをアッセイすれば計算が正しいか確認できるはずです。
   のあと撹拌して均一化し、同じように注射を模して射出してみました(図3の上のスライドグラス)。前の操作でNPH結晶インスリンが射出されてたため、その比率は相当下がっております。どちらの場合もスムーズにインスリンが射出され、針が詰まったような感じは全くありませんでした。

  冷蔵庫に長期保存しておいたノボラピッド30ミック注スフレックスペンでは、予想以上に撹拌混合され難いものです。先端を下に向けて振った場合、全く撹拌されないばかりか先端の針装着部のほうに結晶インスリンが集まってしまい、それを注射してしまうという、最悪の事態を招きかねません。上の計算で示しましたように、極端な場合、結晶インスリンだけが注射された場合、指示量の7倍のインスリン、それも中間型インスリンばかりが注射される可能性があります。結晶インスリンの含まれない、透明な部分が注射された場合、インスリン活性は指示量の1/3で、超速効型インスリンばかりとなります。
  撹拌不足では、速効成分、中間成分の比率が変わるだけではなく、このように、インスリン活性量が大幅に異なりうるのです。撹拌されていない状態は目で見てすぐわかりますから、上の7倍の例はありえないとしても、2,3倍のインスリンが投与される可能性は十分ありうると思います。
  
  NPH
インスリン製剤の撹拌不足の問題は新しい問題ではありません。図4はPeter M Jehle 他、"Inadequate suspension of neutral protamin Hagedorn (NPH) insulin in pens. The Lancet Vol. 354, November 6 1999 のものです。この論文は、途中まで使ったペン型混合インスリン製剤、NPHインスリン製剤残存NPH結晶インスリンの比率、図1と同様なやり方で測定しております。年代的にはレギュラーインスリンをNPH結晶化した製剤のものです。
  十分に撹拌してインスリンを注射していた場合には、NPHインスリンの比率は使用開始のときと同じですから、残存インスリン比率は100%となるはずです。
残存NPHインスリン比率の少ないカートリッジやペンデバイスでは、NPHインスリン成分の多い部分をすでに注射してしまった、逆にNPHインスリンの多く残存していたものは、非結晶のインスリンの多い部分を注射していた、ということになります。
  図
から、NPHインスリン残存比率が低いものが多いことが読み取れますが、使用の前半ではNPHインスリンの多い部分が注射されていることが多い、ということを示しています。また、新しいインスリンペンの使い始めに低血糖が多い、ということが知られております。インスリンの自己注射について十分な指導を受け、手技が確認されている患者さんと、そうでない患者の間でもあまり大きな差はなかったことも論文に記されております。
 
  私が診ていた患者さん(84歳男)が、朝食前にノボラピッド30ミックス注フレックスペンを34単位射ち、昼食をとらなかったようですが、7時間後車の運転中に低血糖となり、堤防の上の道路より転落する事故を起こしてしまいました。怪我はありませんでしたが、軽乗用車は大破してしまいました。確かに34単位はインスリン量として多いのですが、コントロール不良で血が700mg/dlにもなったことのある方であり、直近の検査データは、Hb-A1c 9.5%でした。ノボラピッド30ミックス注フレックスペンのインスリン効果にしては遅すぎる、強すぎると疑問を持っておりました。

上の検討で、撹拌が十分でない状態で、NPHインスリンの結晶が針装着部に溜まったものを注射するならば、34単位をはるかに上回るNPHインスリンが注射されることがありうる、さらにNPHインスリンの最大効果は5時間目あたりになることもあわせてもしかしたらそうでないかと、一応の納得がえられました。

確実な撹拌のために、ノボラピッド30ミックス注フレックスペンの注射筒には直径3mmくらいのガラス球が1個入っています。これはNPHインスリンの撹拌時に極めて重要な働きをいたします。効果的に撹拌するには、このガラス球を先端からピストンのゴムの部分まで往復させることが肝腎と思います。

ノボラピッド30ミックスフレックスペンの添付文書には、冷蔵庫より取り出して初めて使う場合には、図5-Aのように攪拌するように書かれております。ノボラピッド30ミックスフレックスペンを水平に保存しておきますと、NPHインスリン結晶の沈殿自体が硬くなり、管壁にも硬く付着しているためです。

ところで、ペン型インスリン注射器が水平に保存されているとは限りません。立てて置いた方がスペースをとりません。その場合、容量設定のダイアルをつまむ都合上、先端を下にして差し込むはずです。その結果、インスリン結晶はペンの先端部分に集まります。このような場合には、図5-Aの方法は、攪拌に有効ではないのでないか、と考えられます。注射針の装着部にインスリンの沈殿が残って、最悪の場合がおこりかねません。

2回目以降の使用時には、図5-Bのように、肘から大きく振って攪拌するように書かれていますが、これも感心しません。実際そのようにやってみると、5~6回も振ると、もういいだろうという気分になります。この方法では、撹拌の基本となるガラス球の往復の回数がかせげません。

前の論文では、交互に傾ける(tipping)方法がよいと述べられております。その場合、最低20回の tipping が必要と指摘されております。前の論文を補うような内容の、Lancet 誌の編集者への手紙があります(Ester Laubach 他、Lancet Vol 355 January 15 2000)。内容は、撹拌後のインスリン溶液の均一さを光学的な手法と、インスリン活性をアッセイする方法で確認した、やはり20回以上の tipping が必要である、というものです。

  患者に説明するときには、まず、ノボラピッド30ミックス注フレックスペンには、非常に溶けにくい結晶のインスリンが含まれていること、撹拌不足で結晶インスリンばかりを注射すると低血糖になることがあること、と説明いたします。  つぎに、内部のガラス球を使って撹拌することを説明しますが、ガラス球の動きを頭においておけば、どう動かせばうまく撹拌できるかわかるはずです。水平に持って、20回以上、ゆっくりと交互に傾ける(tipping)必要があると説明しております。
  まず、図6-Aのように数回~10回ほど軸方向に振ります。急加速、急減速することにより、ガラス球を先端部およびピストンゴムに衝突させます。この操作で、特に問題となる、注射針の装着される先端部分の沈殿の付着をなくします。
  このまま20回以上振ってもよいのですが、図6-Bのように、水平に持って、交互に20回ほど傾ければ十分な攪拌が行われるはずです。


この文章をまとめるにあたって、ノボノルディスクファーマ株式会社より、論文の検索のサービスと論文のコピーの提供を受けましたこと、感謝申し上げます。
また、NPHインスリンについては、後藤由夫氏の記事 (http://www.club-dm.jp/)、レバノンのノボノルディスクファーマ株式会社のホームページの記事を参考にいたしました。
図6-A、図6-Bはフォルムデザインの高橋好文氏につくっていただきました。
感謝申し上げます。

【後日談】

10月のある日、ノボノルディスクファーマ株式会社のMR氏が尋ねてきた。ノボラピッド30ミックスフレックスペンの攪拌が難しいという話をした。ちょうど冷蔵庫に図2の状態のものがあったので、彼の目の前で図5-Bのやり方で10回振ってみた。先端部にインスリン結晶の沈殿が残っていた。

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この記事について

このページは、さとう内科循環器科医院 - 宮城県大崎市が2011年3月 5日 18:54に書いた記事です。

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